「あ、そだ、遥斗に連絡した?」

「してねぇ……」

スマホを起動させ、電話帳に登録してある遥斗の電話番号をタップする。

冷たいワンコールのあと、ガラガラの怒鳴り声が僕の鼓膜を侵食した。

「おい瑠璃兄!!天藍姉を何でこっちに来させなかったんだよ!!」

「ごめん、こっちもいろいろあって。じつは、天藍ちゃんが――」
 
事故の全容を話すと、気の抜けた声が通話口から流れる。

「な……!?は……?そ、それで……?」

「今手術中。血液は琥珀のものを輸血した」

「そ、うか……。くそやろ……っ!」

ドガ、と衝突音が聞こえ、遥斗の僅かな息遣いから涙を流していることがわかった。

僕は、何も言わず通話を断った。

多分、彼女の名前を伝えた時点で彼女の母親には伝わっわているはずだが、僕が原因なのだから電話しておかなければ。

この時間なら職務も落ち着いてきているだろうし。

「琥珀、すまないけど、先生の番号出して携帯貸してくれ」

無言で渡されたスマホの画面には「如月櫻子」の表示。

複雑な気持ちになりながら、通話ボタンをタップした。

こちらは、10以上の冷徹なコールがスマホから流れ、やっと出た。

「……琥珀くん?あのねぇ、あなた何度検査を逃げだせば気が済むのよ?早く再検査来てよね!あと今……」

「すみません。お久しぶりです。事情があり、琥珀ではなく、兄の橘瑠璃がお電話かけさせて頂きました。いつも弟がお世話になっています。今、お時間よろしいでしょうか」

「……え?あ、瑠璃くんだったの?構わないけど……琥珀くんに何かあったの?」

この素振りからすると、天藍ちゃんのことは知らないようだ。

それよりも、返答に少し時間がかかるのは何故なのだろうか。

僕の記憶では、確かに反応が遅い人ではあったが、これは不自然な長さだ。

「もしかして、側に誰かいます?」

「えっ……」

「患者さんでしたら、後ほど掛け直しますが……」

「い、いや、お客様がいらしてるから、水城く……秘書に対応させてたのよ。声入ってた?ごめんね」

かえって気を使わせてしまったかと思い、申し訳ない。

「あ、いえ……。こちらこそ、そんなときにすみません。それより、天藍ちゃんのことはお聞きですか?」

「天藍?いいえ」

「実は、僕の不注意で――」

「手術中なわけね」

流石は医者なだけある、冷静だ。

「申し訳ございません、大事な娘さんを……っ」  

「……うん」

つくづく思うが、ここの病院の医者はいつも冷静で、人格も穏やかな人間が多く、技術も申し分無い人ばかりのようだ。

「血液はどうしたの?」

「琥珀の血を使いました」

「あ、なるほど。職務が終わったら、すぐにそっちに行く。ありがとう、瑠璃くん、琥珀くん」

ツー、ツーと通話の終了を告げる音がし、琥珀にスマホを返した。

「はぁ……」

僕みたいな人間、どうして生まれてきたのだろうか。

迷惑ばかりかけ、1人では何もできない。

女の子1人、守れない。

さっき僕が天藍ちゃんを運んだことについても、あとから追いつきてきた水城さんを始め、沢山のお医者さんにこっぴどく叱られた。

医療に携わっているのなら、あるまじき行為であると。

やっぱり、僕が事故に遭うべきだったのではないか――。

自己嫌悪が僕の心の中を引き抜き、ただ呆然と、赤く叫ぶ「手術中」の文字を見ていた。