「自分が文系得意だからって調子乗りやがって」
肘を机について、長い指を艶のある黒髪に突っ込んでかき乱し、忌々しそうな表情をしている。
……橘くんでも、何でもできる訳じゃないんだ。
ぼーっ、とその崩れた表情を見ていると、その厳格な表情のまま睨まれた。
「手ぇ止めんな。大体お前のせいだろ、こうなったの」
瑠璃さんが始めたことなのでは、と思ったが、確かに元はと言えば私が原因かもしれない。
しゅんと萎みながらも問題に向き合った。
「教科書といえばさぁ」
瑠璃さんの抑えた笑いの含んだ声が聞こえてきた。
あのニヤけ顔が目に浮かび、苛々しないためにあえて顔をあげなかった。
「天藍ちゃんに一番最初に届いた教科書、送り主僕だったでしょ」
「……あ、ホントだ」
思わず手が止まる。
そういえは看護師さんが「タチバナルリ」とか言ってたような気がする。
「でもさー、あれ、本当は」
「おいっ、黙れっ」
クスクス馬鹿にしたように笑う瑠璃さんに橘くんが噛み付いた。
「本当はー」
「黙れっ、聞こえねーのかっ」
いつも冷静な橘くんが完全に瑠璃さんに遊ばれている。
余程の内容なのだろうか。
横目で橘くんを盗み見て、少しびっくりした。
僅かに、顔に紅が差している。
瑠璃さんがくくっ、と一笑いすると私に目配せして、顔を近づけてくるよう指示した。
私が机に体を乗り出すと、瑠璃さんが私の耳元に唇を近づけて、囁く。
「本当は、琥珀が贈ったものなんだよ」
「えっ!」
驚きのあまり、声を出し橘くんに振り向いた。
橘くんは私達と逆方向を向いているが、耳の赤みは隠せていない。
……つまり、瑠璃さんの言っていることは事実……。
阿呆みたいに口を開けたまま、瑠璃さんの話の続きに耳を欹てる。
生温かい風が耳をなぞって、瑠璃さんが口を開いたことを感じた。
「あいつさー、照れ臭いのか知んないけど僕名義で届け物出しやがってさ。なーんか様子が変で、看護師さんに聞いたらそのことがわかって。で、僕が一旦回収して、自分で直接渡すよう伝えたら、渋々ながら天藍ちゃんの病室に出向いたみたいだよ」
……そういうことだったのか。
私の抱えた違和感は間違いではなかった、私の勘も案外鋭いのかもしれない。
そういえば、一度瑠璃さんを変質者と疑ったときがあったが、あのときは何故か私は納得してしまっていた。
でも、そのとき瑠璃さんは自身と橘くんのあるはずの関係について「知らない」で通していたではないか。