……お兄さんは患者さんなのに、走ってもいいの?

俺は、天藍姉のこともあって、病人は走ったらいけないイメージがあったから、そんな無神経な聞き方したんだ。

病院着、きてたし。

男は何かを企む悪者みたいな、邪悪な笑みを浮かべた。

「俺が病院にくるときは大抵検査なんだよ。今日は違うが、いつもは興味本位の、な」

俺にはよくわからなかった。

そして、天藍姉や千稲の見舞いに行っていたら稀に会うようになり、その度、手を上げ「よう」と言いあった。

それでな、千稲の退院日のとき、一緒に廊下歩いてたらその男に遭遇したんだ。

「お……よう」

「よう。その子のお見舞いだったのか」

「千稲だけじゃないよ。姉も入院することがあって、そのときも来てる」

「はるくん……このお兄ちゃん、誰」

千稲が警戒するように俺の斜め後ろに隠れ、服の裾を握った。
 
小動物のようで可愛らしかった。

「ああ……この人は……」

名前を知らなかった。

「橘琥珀でぇす!」
 
女の子のように、高く華憐な声が、男の後ろから響く。  

男は溜まった怒りをまた抑えるように目を閉じて静かな、それでいて威圧感のある声でこう言った。
 
「おい瑠璃。蹴られたくなかったら自首しろ」

琥珀兄に似た綺麗な黒髪を持った、だが琥珀兄とは違い、目が丸く大きく、そのせいで童顔に見えた、男の人が琥珀兄の背後からひょこり顔を出した。

「へえ、この子ね、琥珀が言ってた男の子」

ニヤァとしながら背中を丸め、俺の顔を間近で覗きに来た。

その軽薄かつ柔和な雰囲気は自然と人の心を解し、開かせるような魅力が感じ取れた。

そしてこの男もまた、琥珀兄と別のタイプではあるが、かなり端正な顔立ちをしていると思う。

「お兄さん、誰ですか」

「あぁ、ごめんごめん。急に出てきて吃驚したよね。僕は琥珀の兄の瑠璃です。琥珀と仲良くしてくれて、ありがとねー」

右手をひらひらしながら、へらへらする瑠璃兄。

変わった人だな、と思うと同時に安堵の気持ちもあった。