消毒液の匂いや白い内装が神聖さを装っている。

でも、本質は悲しみの渦が巻いている、暗い場所であることを、俺は知っている。

……はるくん!

澄んだ明るい声が耳の奥で木霊し、動かしていた足を止めた。

喉が引きつり、目頭が熱くなる。

悲しみの雫を零さないように上を向いた。

蛍光灯の冷たく強い光がぼやけて揺れた。

千稲は、明るく活発で、いつも笑顔で、無邪気で……そんなところに陰っていた俺は惹かれた。

俺はハーフやクオーターでは無いが、目や髪の色素が薄く、どうしてもそう見られがちなのである。

父親譲り、らしい。

また俺は、周りと性格が決定的に違った。

俺は普通に過ごしているつもりで、むしろ周りのほうがおかしいと思っていたくらいだ。

少しのことで大きな声を出したり、喜んだり、喧嘩したり、教師の口車に乗せられたり。

一度言われたことがあるのは、遥斗くんは大人っぽいね、まるで、成人がそのまま小さくなったみたい。

クラスメートと噛み合う筈もなく、当然のように俺は独りになった。

そして、次第にいじめられるようになり、俺はどんどん影になっていった。

痛かったが、俺は何も感じなかった、何も感じなくなってしまったのかもしれない。

そんなとき、彼女がやってきた。

突然だった。

持病でずっと休んでいたので、教室中、誰だ、とざわめいた。

そのときも、ずっとニコニコ笑っていて気味悪い奴だな、と思ったのを覚えている。

そして、俺が一変したのは、休み時間、子供特有の単純な、暴力によるいじめを受けている最中だった。

「こら!やめなよ、暴力なんて、みっともない!行こ、如月さん!」

怒ったような表情を作って、俺の手を強く引っ張ってどこかへ連れていく。

柔らかく温かな手に包まれて、俺は陰りの沼から引き揚げられたのだ。

「ここまで来れば、もう大丈夫だね」

人気の無い階段裏で止まり、彼女はこちらに振り向いた。

丸く大きく、黒い瞳がクシャッと細くなり、長い睫毛が勢いで揺れる。

ぽってりとした赤い唇の間から白い歯が輝き、その唇の下のほくろが可愛らしかった。

眩しかった。

太陽みたいだった。

俺は、その瞬間、彼女に惚れた。