「はーっ、はーっ、はーっ」

……半ば過呼吸の状態で膝に手をつきうつむき加減でいる、瑠璃さんがいたから。 

「ぼ、くに、構うな、っ」

切り詰めたように掠れた声と共に、敵意の籠もった鋭い視線が私達に向けられ、たじろぐ。

そこまでして逃げたい理由は、何?

「きみ、に、何が、分かる」

そうだ、私は何もわからない。

急に胸を突かれたようで、言葉を生成できず黙り込んだ。

妙な既視感に胸がざわついた。

誰もしゃべらず、ただ、瑠璃さんの荒い呼吸がその場に広がる。

密着している硬い背中の上下するリズムが、少しずつ速くなっているように感じた。

時間が経ち瑠璃さんの呼吸が落ち着くにつれ、瑠璃さんから輝きが抜け出し、重い苦しみを背負ってやつれていくようで、怖かった。

無意識の内に、橘くんのウエストに回す腕に力が籠もる。

瑠璃さんが、瑠璃さんで無くなってしまう。

「駄目よ、瑠璃さん。自分を消しちゃ……」

瑠璃さんは、汗で張り付いた前髪も払おうとせず、沈黙を切り裂いた私の声に顔を上げた。

「苦しかったら逃げてもいいと思う。でも、自分を失くしたら駄目よ。自分が無くなるのは、絶対駄目」

言ってて、じわりと涙が滲みそうになる。

お母さん――。

「違う、橘瑠璃は誰からも求められていない。僕はもう、自分を維持したまま生きられない」

今すぐにでも噛み付いてきそうな獰猛さが、力の籠もった震えから伝わってくる。

「そんなことない。自分が消えたり、消したり、消されたりすれば、深く悲しむ人が必ず出る」

「出ない。僕は、いない」

「いる。橘瑠璃も流旗知成も」

ぎり、と歯が擦れる音が聞こえる気がした。

瑠璃さんは肩で息をしながら張り詰めた表情で、私を見る。

その眼差しは、藻掻くような光を孕んでいた。