「え……知ってるの?この本」

「うん」

「好き、なの?」

「そう」

「っ……」




それだけの会話。


きっと絢斗くんは覚えてもいないだろうし、普通の人から見たら大した出来事じゃない。


だけどこの言葉ひとつで、私は救われた。

ここにいてもいいんだって、言われたような気がした。





『何で急にほんとか読み始めてるの?暗いんだけど』

『恋愛小説とか?モテる女は違うよねー』

『あはは、聞こえちゃうよ』



頭の中にこびりついた会話を、絢斗くんの言葉がそっと上書きしてくれたみたいだった。


彼も私と同じように、雨空みたいな毎日から逃げたいと思ったことがあるんだろうか。