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ある場所で、ひとりの女の子が座り込んでいた。
そこは、巷では近寄ってはならないと言われているキケンなところ。
そんなところに座り込んでいるのだから、余程の理由があるのだろう。
そんな女の子を見下ろす男が、3人。
「お前、何やってんの」
茶髪、黒髪、そして、夜の闇を溶かしたような藍色。
かけられた声に、女の子はゆっくりと顔を上げた。
唇は切れていて、頰には殴られた痕。
それだけで、何があったのかは一目瞭然。
その子はボンヤリとした瞳で3人を見上げながら、ゆるりと立ち上がった。
「……ああ、ごめん。邪魔だね」
どこかに歩き去ろうとする後ろ姿を見て、3人は一度顔を見合わせ。
その子の肩を、掴んだ。
「その傷、どうしたんだ?」
─────その瞬間、その子はニヒルにほくそ笑んだ。
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「っ、ぅぐ、」
体に走る痛みに、顔を歪めた。
いちお受け身はしたけど、効果があったかどうか疑問。
そもそも一度の攻撃が強いんだって。
壁に打ち付けられた勢いで、そのままズルズルと座り込む。
背中、そして蹴られた脇腹が結構痛い。
これで意識が飛んでないの、褒めてほしいよ、ほんと。
まあ、これぐらいで気絶するぐらいなら、こんなことはしてないけど。
ふっ、と含み笑いをこぼしたところで、髪の毛を掴まれ無理やり立たされる。
女子に対して、本来ならあるまじき行為だけど、こっちの界隈じゃこれがフツー。
「弁明、あるならいちお聞いてあげるけど」
……ああ、もう、ほんと、勘弁してほしいよね。
なんで、こんなにはやく、
「─────ね、ルクソンのスパイさん」
ひみつが、バレてしまったんだろう。
無機質すぎる瞳が向けられる。
幹部たちが勢揃いした部屋。目の前には総長。
逃げ延びる術なんてどこにもない。
詰み。圧倒的な、敗北。
信じられていると思っていた。自惚れていた。
だから、いつも通りここに入ってきた瞬間、蹴られたのには驚いた。
ここに集まっている4人全員が化け物並みのチカラを持っている。勝てるわけない。
それを理解していたから、細心の注意を払って彼らに接していたハズなのに。なんで。
……ああ、くそっ、しくじった。
「……ねえ、なんか言ったらどう?」
彼、青羽世津、もとい総長は、この中でいちばん口調が穏やか。
だけど、起伏のない声と一ミリも動かない表情、そのふたつと言葉が合っていない。
目を細められる。
と同じく、髪の毛を掴む手も強まって、顔を歪ませてしまう。
……すると、青羽の腕に、ぽんと宥めるように誰かの手が乗った。
「青羽、一旦落ち着け。大体の情報はこっちも掴んでるし、ゴーモンは後からでもいいだろ。まずは話聞こーぜ」
優しい言葉のようでいて、そうじゃない。
どこか戦慄を覚える言葉を吐いたのは、ここ、暴走族タキオンの参謀を務める友利都羽。
そんな彼の声で、薄い唇から長いため息が漏れ出たあと、パッと髪を掴んでいた手が離れた。
……いきなり離されたので、もちろん私は地面にドシャッ。
いててて……と、強打したお尻をさすりながらゆっくり立ち上がれば、冷たく見下ろしている瞳と目があった。
纏っているオーラ、風格。
それらがこの最強と謳われる4人の中でも特に抜きん出ている人物。
穏やかな口調とは裏腹に、顔も、声音も、瞳も、彼を構成するすべてが冷たく感じられるほどの、無機質さ。
髪の毛は夜を纏っているような濃い藍色なのに、瞳はその藍を限界まで薄めたような、淡い色。
この瞳の前では、私が吐くすべての嘘が見抜かれそうで、毎回ヒヤヒヤしてたっけ。
「……そこのソファ座って」
抑揚のない声で指示をされて、ハッとする。
こんなところでボーッとしてる暇はない。
いまは、ここをどう逃げ延びるかが最重要案件。
タキオンが集う場所は、賑わいがある繁華街を抜けた先にある、もう誰も寄り付かない無秩序な場所に建てられたビルの地下一階。
通称・裏街区と呼ばれる場所にある。
どうやらここはどこかの組の管轄に入るようで、そのせいでほとんど人が寄り付かないんだとか。
実際、ここのビルにはなんの会社も入っていない。
おかげで、このあたりは無法地帯になっているらしい。
まあ、ちょっと歩けばすぐに奥にあるネオン街に入るんだけどね。
ビル自体はボロいのに、この部屋だけ異常に綺麗。
キッチンや個室、ソファやトイレにテレビも完備。
時たま誰かが泊まってるとか泊まってないとか。
生活感のある部屋だし、誰かがここを借りてててもおかしくはない、か。
ゆっくりとひとり掛けソファに腰掛ければ、目の前のソファに座る総長の青羽。
その横に腰掛ける友利は、こそこそと何かを青羽に耳打ちしている。
何度かこくこく頷いた青羽は、そろりと緩慢に視線を投げた。
「……デ、弁明はある?」
鋭利じゃない。咎めるようでも、ない。
だけど、なぜか喉が引き攣ってしまうほどの、圧迫感があった。
そんな空気を宿す瞳を前にして、ようやく悟る。
……これ、は。慎重に言葉をえらばないと、ダメだ。
一語一句、一挙一動で、コイツらの中での私の処分が決まる。