たしかに長い時間使っていたけど、初めて親に与えられて、壊れないから使っていただけで、特別思い入れがあるわけでもない。


壊れたなら、買い直す。

当たり前のことだろう。


「……ごめん、早紀ちゃん。僕、用事思い出しちゃった。ご飯できてるから、お腹が空いたら食べてね」


真宙は笑顔を取り繕うと、時計を置いて帰っていった。


あれが嘘の笑顔で、なにか隠していることはすぐにわかった。

だけど、課題の量を考えると、真宙のことを気にする時間はない。


課題を広げ、ノートや資料を読み込む。

私の理解力がないのか、課題が難しいのかわからないが、思うように進まなかった。


気付けば日が落ちていて、窓の外は暗い。


「真宙、カーテン……」


その先は言わなかった。


顔を上げると、いつもいるはずの場所に、真宙の姿がない。

夕飯の支度でもしているのかとキッチンを見るけど、真っ暗だ。


「……帰ったんだった」


それを忘れるくらい、私は課題に集中していたらしい。


重い腰を上げ、窓に近付く。


いつも、開けるだけのカーテン。

自分で閉めたのは、いつぶりだろう。


カーテンに電気が反射し、少しだけ室内が明るくなる。


振り向けば、いつもより広い部屋。

ちょっとした虚無感のようなものを覚えながら、キッチンに向かう。


真宙が用意してくれた肉じゃがは、熱を失っている。


温め直してもよかったけど、肉じゃがが温まるのを待ちきれるとは思えなくかった。

小皿を取り出し、肉じゃがを盛り付けると、食卓椅子に戻る。


きっと、ご飯は炊けているだろうし、汁物も用意されている。

お腹だって空いている。


だけど私は、肉じゃがだけでいいと思った。


真宙の作る料理はいつだって美味しくて。

一度食べ始めれば、満腹になるまでやめられない。


それなのに、今日は箸が進まなかった。