家に帰ると、鍵が開いていた。

これは鍵の閉め忘れでも、泥棒が来たわけでもない。


「ただいま」
「あ、早紀ちゃん。おかえり」


笑顔で出迎えてくれたのは、隣に住む彼氏の志田真宙。

こうしてよく夕飯を作りに来てくれているのだ。


「今日のご飯、なに?」
「今日は肉じゃがを作ってみました」


真宙は得意げに言う。


「味見してみる?」
「うーん、真宙の作る料理はいつも美味しいから、今はいいや」


肉じゃがのいい匂いが鼻に届く。


本当は小腹が空いている。

だけど、真宙の料理には不思議な力があって、少し食べると止まらなくなってしまう。


今は食事よりもするべきことがあるため、食べたい気持ちを隠して手を洗う。


「早紀ちゃん、今日も忙しいの?」


真宙は料理を再開する。


「課題が難しくて、なかなか終わらないんだよね」
「そっか。大変だね、理系学生さん」
「まあなんとか食らいついていくよ」


食卓テーブルにノートと講義資料、図書室で借りてきた本を広げ、椅子に座る。

それとほぼ同時に、真宙がお茶を出してくれた。


「体、壊さないように気をつけてね」
「……ん」


資料を読み込む私は、生返事をした。


「あれ、早紀ちゃん、腕時計はどうしたの?」


いつもなら私がお腹が空いたと声をかけるまで放っておいてくれるが、手首の違和感に気付いたらしい。


「壊れちゃって。今度新しいのを買いに行くつもり」


筆箱の中から、止まったままの腕時計を取り出す。

真宙は私に近付き、腕時計を手にした。


真宙のものではないのに、真宙のほうが寂しそうな顔をしている。


「本当だ、止まってる。でもこれ、気に入ってたものじゃないの?」
「んー……そうでもないかな」