「あれ、早紀。腕時計が止まってるよ」


講義が終わり、ノートをカバンにしまっていたら、友人の結芽が私の左腕を指した。

確認してみると、今の時刻と大幅に異なっている。


「あー……本当だ」
「気付いてなかったの?」


役目を終えた腕時計を外す。


「そんな何度も見たりしないからね」


見ていなかったけど、そこにあるのが当たり前で、なくなると違和感がある。

なにもなくなった手首、そして止まってしまった腕時計を見つめる。


止まった瞬間に気付いてあげたかった。


気付けなくてごめん、今までありがとう。


そんなことを思いながら、筆箱に入れる。


「早紀」


感傷に浸っていたら、結芽に呼ばれた。

結芽はカバンを持って帰ろうとしている。


「ああ、ごめん」


まだ机上にあるノートたちをしまうと、結芽を追う。


結芽との会話を楽しんでいたら、腕時計が止まったことを忘れた。

高校生のころから使っていても、その程度のものだ。


あることが当たり前で。

大切にしていても、失ったところでなにかが変わることもない。

また新しいものを手に入れればいい。


それは、人に対しても同じように思えるだろうか。


いや、一人一人違うのだから、代わりなどない。


失っては、いけないのだ。


だけど、大抵のことは、なくならなければ気付けない。


これは言い訳だろう。


わかっていて、言わせてもらう。


私は、真宙が隣にいることは当たり前だと思っていて、きっと、大切にできていなかった。


私が今一人なのは、自分で招いた結果なんだと思う。


だとしても。

やっぱり私は、真宙を探してしまう。


「ごめん……」


この言葉を伝えるべき相手は、私を残して姿を消した。