ジャンはきょとんとして、やがてくすりと笑った。

「うーん。そうだとしてもさ、それに応えられるってすごいと思うよ、俺は。勉強なんてさ、嫌いな人間は直ぐ投げ出しちゃうじゃないか」

だとしたら、少しはバイロンに報いることはできたのだろうか。

ジャンの言葉に、クロエは胸が熱くなって、歯を食いしばる。でないと、泣いてしまいそうだった。

「……バイロン様は?」

「アイザック様のところに行ってくるって。君が戻ってきたら、これを清書しておくようにって」

渡されたのはたった一枚の紙だ。すぐ終わるような作業をわざわざ言づけて頼んでいくのは――

(私が、ここに居づらくならないようにするためだ)

「はい、すぐやります」

ぺこりと礼をして、自分用の机に向かう。
涙を零せば、紙にインクがにじんでしまう。ぐっとこらえながら、クロエは自分の気持ちを自覚する。

(私、バイロン様が好きだ)

それはおそらく、補佐官として必要としてくれる彼を裏切るような感情だろう。
側にいたいなら、一生秘めなければいけないもの。

(……でも、それが私にできる?)

クロエは基本、自分に正直なのだ。
彼の姿を思い出し、胸の熱さに心が震える。
自覚してしまった以上、この気持ちを否定し続けるのは、おそらくとても難しい。