穏やかなロザリーの声に、クロエは一瞬動きを止める。
言いたいことは分かるが、兄といる以上の幸せを、その相手がくれるだなんて、どうやったら分かるのだろう。
クロエとて、自分の世界が狭いのかもしれないと、思うことはある。
けれど、居心地がいい場所から、敢えて出ていく必要性を感じない。
「私の世界が狭いと言いたい?」
「私、クロエさんとお話していると、自分が考えてもいなかったことを教えてもらえて、とても楽しいです。そんな風に世界が広がるのは、悪いことではないと思います」
母親と違い、ロザリーは押し付けてくることもなく淡々と話す。だからか、その言葉はほんの少し胸に残った。
その後、ロザリーに別れを告げたクロエは、応接間から退出し、廊下を歩いていた。このまま帰ってもいいが、兄と会うのも悪くない。ケネスはアイザック王子の側近なので、王子の執務室に寄ればきっといるだろう。
そう考えて踵を返そうとしたとき、向こうからバイロン、コンラッド兄弟が歩いてくるのが見えた。
コンラッドは現在、グリゼリン領主だ。普段は領地にいるはずだが、今日は報告に王都を訪れているらしい。
クロエは廊下の端に寄り、頭を下げて彼らをやり過ごそうとした。
「クロエ嬢」
だが、コンラッドは立ち止まると話しかけてきた。
コンラッドとはいろいろあったので、できればあまり話したくない。
婚約破棄をしてから、表立って言い寄ってくることはないが、季節の折に贈り物が届いたり、女々しい手紙が来たり、今もクロエに感情が残っているようなことを切々と訴えてくる。
コンラッドが悪い人間だとは思わないが、恋愛感情はない。スパッと断りたいところだが、相手が臣籍降下したとは言え元王子と思えば、あまり強気にも出れなかった。