クロエが、バイロンの補佐官として執務を続け、一年が経った。
今となっては、誰も彼女のその立場を疑う者はいないほど、クロエはその職になじんでいた。
バイロンの信頼も厚く、他の補佐官たちとの関係も良好だ。
当初は心配でよく顔を見に来ていたケネスも、今ではクロエを信用し、仕事に関しては口を出さなくなっている。

そんなある日。コンラッドが城を訪れた。
コンラッドは、バイロンの執務室に入るやいなや、一番奥にある彼の執務机にまで早足で駆け寄り、机を両手で強く叩いた。

「ずるいです、兄上」

「なにがだ」

「クロエ嬢に仕事を与えて傍に置くなど……!」

バイロンとコンラッドの顔は唾が飛びそうなほど近づいていた。
バイロンの補佐官たちは、やれやれといった様子で肩をすくめる。誰もコンラッドを押さえに入らないのは、バイロンがこっそり左手を補佐官たちに見せ、手を出すなという意思表示をしているからだ。
クロエも驚いてその光景を見ていたが、静かに立ち上がり、お茶を入れるために奥の部屋に向かった。
幸い、先ほどメイドがお湯を持ってきたばかりなので、すぐに出せる。

バイロンはそれを横目で見つつ、コンラッドに苦言を呈した。

「人聞きの悪いことを言うな。私は彼女の能力の高さを見込んで補佐官に任命したんだ。お前のような邪な考えなどない」

「はぁ? 誰が邪ですか」

「とにかく、久しぶりに会った兄にむけた第一声がそれなのはどうなんだ。まずは落ち着いて座れ」

「本当ですよ、コンラッド様。いきり立っていないでおかけください」

お茶を入れてきたクロエは、苦笑しながらコンラッドにソファを勧める。
コンラッドはそれさえも気に入らない。お茶を入れるなど使用人の仕事だ。