「そうだな。私としては、それは自分より弱いものを守るために使うべき力だと思っている」

「そんな人ばかりじゃないわ。図に乗るなと言われたことも何度だってある。体にこそ傷はつけられないけれど……」

目のすぐ脇を拳がかすめていく。頬に風があたり、壁にめり込むのでないかと思うような固い音が耳元で鳴る。
男性の示す〝力〟はクロエの足をすくませた。

それでも、弱みなど見せたくなくて、クロエは彼らを睨んだ。
クロエは名門伯爵家の令嬢だ。脅し以上のことは、彼らもできない。もししたならば、イートン伯爵からの報復が待っている。
けれど――見せつけられた男の力に、クロエが恐怖を感じないわけではないのだ。

「わ、私……」

クロエの体が震えだしたことに気づき、バイロンは慌てたようにクロエから手を離し、これ以上何もする気がないと見せつけるように両手を広げて見せた。
それを見て、クロエは無意識に、安堵の息を出す。

「落ち着け。私のいい方が悪かった。怖がらせるつもりはなかったんだ」

「……はい」

「君のことを考えていた。なぜ適齢期を迎えて結婚しないのか。イートン伯爵は王家の信用厚い、由緒正しい家柄だ。そして君の美貌を考えれば、相手から断られることはまずない。であれば、君が……男が恐ろしいから、結婚したくないのではないかと思ったのだ。あれだけ親のことを大事に思っているのだ。他に問題が無ければ、政略結婚を受け容れ、家のために尽くそうという気概は、君にはあるだろう」

バイロンが正しく物事を見ていると分かって、クロエはなんとなく力が抜ける気がした。