クロエは、バイロンという人間が、よくわからなくなっていた。
読んだ本の数だけ、交わした言葉の数だけ、彼に対してのイメージが塗り替えられる。
ここのところ、彼と話して失望したことは一度もない。それどころか、感心されられてばかりだ。

(……変な人)

クロエが昔見ていたバイロンは、こんな人ではなかった。
自分が王位継承者であることを鼻にかけていたし、アイザックに対する態度も敵意に満ちたものだった。
当然ケネスもバイロンのことは嫌っていたし、兄が嫌うならとクロエ自身もいいイメージを持っていなかった。

ところが、王位をあきらめた今は、打って変わってアイザックに協力的だ。
はっきり物を言うけれど、出すぎるところはない。
こうして改めてみれば、バイロンは知識も豊富だし、ナサニエル王とともに執務に携わった経験もある。
自分の利権を主張する貴族の意見を、ただの愚論と一蹴するだけでなく、一度は聞き入れ、その後、もっと有用な意見を持ってねじ伏せる強さもある。

(……王には向いた人だったんだわ)

体さえ壊さなければ、何の問題もなく王になれる人だったのだと思うと、クロエは胸の奥がチクチクする。

「バイロン様は博識ですから、あなたより、王に向いているのでは?」

不敬とは知りながら、昔馴染みのよしみでアイザックに向かって直接言ってみると、彼も素直に頷いた。

「俺もそう思うよ。兄上に継いでほしいとも頼んださ。それでも、頷いてはもらえなかったが」

「そうなんですか」

「だが手伝ってはくれると言ってくださった。実際、国を動かすなど、個人ができることではないしな。信用できる人にサポートしてもらえる俺は幸運なんだろう」

屈託なくアイザックが笑う。
兄弟関係が驚くほど好転していることにも、驚きを隠せない。
アイザックだって昔は、兄や弟に対抗心を丸出しにしていたのに。