「やだ。そういうことじゃないわ。修道女になる気なんてない。孤児院について調べているの。改善点があるんじゃないかと思って」
「どうしてお前がそんなことを? 孤児院の管轄は母上だろう」
ケネスが不思議そうな顔をしたので、調子に乗っていた横っ面を叩かれたような気持ちになり、クロエはなにも言えなくなった。
バイロンのように、クロエがやってみればいいとは誰も思わないのだ。自分を理解してくれている兄でさえこうなのだから。
分かってもらうには、ちゃんと説明しなければならない。だが、兄に反対されるのは怖い。
「……バイロン様とお話していてね。国のために、無駄や改善点を見つけたら教えて欲しいと言われているのよ。決して悪いことはしていないわ」
嘘は言っていないが、やや言い訳がましくなってしまったことが何だか気まずい。
ケネスは軽くため息を着き、クロエの肩をポンと叩いた。
「……ほどほどにするんだよ」
クロエの両親は保守派だ。女は家を守るのが普通だと信じて疑っていない。
ケネスは表立ってそういうことは言わないが、この態度を見れば、心から女性躍進に同意しているわけではないのが分かる。
チクリと胸が痛む。だけど、変にやる気がみなぎってきた。
「私にだって、……できるわ」
集めた資料を握りしめ、クロエはぼそりとつぶやく。兄に対して反発心を抱いたのは、もしかしたら初めてだったかもしれない。