「自分で……?」
「そう。君は向学心があるようだし、不満だけを燻ぶらせているよりは、余程建設的だと思うがどうだ」
「でも」
「ひどい言い方をするようだが、人には人の役割がある。令嬢は政略結婚で家を支えるのが普通だろう? だが、君はその役目を放棄している。だったら、君だけの役割を見つけるべきだ。ただプラプラしている時間がもったいないだろう」
そう言われて、クロエは思わず笑ってしまった。
「……なんだ? 私はおかしなことを言ったか?」
「いいえ? でも殿下の口からもったいないが聞けるとは思わなかったので」
クロエが口元を押さえて笑うと、バイロンも小さく笑った。
「たしかに。前はなにかをもったいないと思ったことはなかったな。これでも隠れ住んでいた間は節約生活を強いられていてな。ずいぶん庶民派になったつもりだぞ、私は」
「偉そうに言うことですか」
「調子が出てきたな。なにせ、普通ならば体験できないことを多くしたせいか、私は変革に寛容になったんだ。君が女性の権利を変えたいというなら力になろう」
「……考えてみます」
力強く、さわやかな笑顔だ。クロエが持っていたバイロンのイメージは、今日の会話ですっかり一新されてしまった。クロエは改めて渡された本を眺め、じっと彼を見つめる。
「どうした?」
「バイロン様に先に帰っていただかないと、私も帰れませんわ」
きょとんと眼を丸くしたあと、バイロンはクシャリと顔を緩ませた。
「それもいらぬ慣例だな。まあいい。では私が君を送っていこう。一度イートン邸を見てみたかったんだ」
「はっ?」
クロエは目を剥いた。まさか送っていくなどと言われるとは思わなかったのだ。
「い、いえいえ。バイロン様にそんなことさせられません」
「送るのは御者だ。私は添えものだと思っていればいい」
どこの世界に、王子を添え物だと思える人間がいるというのか。
クロエはいらだつのを通り越して呆れてきた。