そのまま、無視して帰ることもできた。けれど腐っても王族。まして、ケネスが仕えているアイザック王子の兄君だ。
あまりに軽んずるわけにはいかないと、クロエは諦めて図書館に向かった。

図書館は、明かり取りの天窓から光が差し込み、幻想的な雰囲気が漂っている。勉強熱心な学生や、執務に必要な資料を取りに来ている文官などがいて、それなりに賑わっていた。

「遅かったな、クロエ嬢。こっちだ」

半二階にある閲覧スペースの手すりに寄りかかり、バイロンが手を振ってくる。それまで王子の存在に気づいていなかった学生たちが途端にどよめいた。後ろに控える従者は困ったように額を押さえている。

「しー!」

黙っていてください、とまでは言えないので、クロエは指で訴えた。
勘弁してほしい。ただでさえ、存在そのもので目立つのだ。これ以上注目を浴びるのはごめんこうむりたい。
急いで半二階に向かうと、バイロンの座っている座席の机には、本が三冊載せられていた。

「まあ座れ」

「はい」

「君の意見はなかなか面白かった。だが、思うだけでは世は動かない。実現させたければ実行可能な計画と、行動が必要になる」

「はあ」

なにが言いたいのだろう。
バイロンの意図が掴みきれず、クロエはなにも言えなくなっていた。いつもならば会話の主導権を先に握ってしまうのだが、今は掴むべき先端を見つけられずにいる。