「……申し訳ありません、バイロン様。私、なにか聞き間違えてしまった気がするのですが」

「簡単に言うと、私には分からないから、君が考えてみてはどうだと言った」

「考えたって……どうしようもないじゃないですか」

貴族女性のたしなみ、女性としての幸せの在り方。それはずっと前から決まっているのではないか。たとえ意に添わなくとも、自分を殺して添わせていかなければ生きていけないのではなかったのか。

そう問いかければ、「私もそう思っていたが、クロエ嬢は添うつもりはなさそうではないか」と言い返された。

「だから私は異端児なんですわ。父にも母にも、困った顔をされるし、同じ年代の友人には呆れられています。バイロン様もそうしていただいて結構です」

「……君の意には添ってやりたいところだが、あいにく、君の言っていることがそうおかしいとも思えないのだよな」

困った顔をされた。先ほどとは違った意味で、鳥肌が立った。

――この人は、なにを考えているの?

得体の知れないモノを前にしたとき特有の危険信号だ。
わけがわからないものには近寄りたくない。
だが、そう思うときに限って、相手の方はそうでもなかったりするのだ。

「クロエ嬢の講義はいつ終わるんだ?」

「え? ……一時間半後ですが」

「この件は話が長くなりそうだ。図書室で待っているから、終わったら声をかけに来るように」

「え、ちょっ……」

クロエの返事を聞かずに、バイロンはすたすたと行ってしまった。
王家の三兄弟の中で一番年の離れているバイロンは、クロエにとって最も馴染みが浅い人物だ。

「バイロン様って、こんな人だった?」

なぜか心臓がバクバクした。この日の講義は領地経営についての話で、クロエとしては真剣に聞いておきたいものだったのに、全然頭に入ってこなかった。
いつか、もう一度同じ講義を受けなければならないと思ったくらいだ。