「は~、痛て…」
傷ついた体を引きずりながら、やっとのことで中庭の木に寄り掛かる。
また喧嘩を売られた。
いつもは逃げて済ませることが多いけど、今日はそうはいかなかった。
この間、たまたま通りかかった道端でどこかのばあちゃんが同じ高校の制服来た奴らに因縁付けられて囲まれてた。
ホントは関わらないで通り過ぎようと思ったんだけど…
「痛いっ!…この泥棒~!」
掠れた悲鳴。
突き飛ばされて倒れたばあちゃんと、逃げる野郎共。そのうちの一人手には黄色い財布が握られていた。
盗られたのか?
身体が反射的に動いた。
足には自信がある。加速しながらばあちゃんの横に鞄を放り出すと、逃げた奴らを追撃。
とはいえ、50メートル以上離れてたから、追いつくのに手間取ったけど、なんとか捕まえて財布は取り返した。
代償として、何発か喰らったけどしょうがない。
「ばあちゃん大丈夫?はい、これ…」
戻って財布を差し出すと、すげぇ喜んでくれた。
「ありがとねぇ。助かったよぉ。おろしたばっかの年金入ってたから……あ痛たたた」
「どっか痛い?」
「膝がちょっとね………転んだ拍子にぶったからねぇ、痛たた」
仕切りに膝を摩ってるばあちゃんを放って帰る訳にはいかなかった。
しゃがんで背中を向ける。
「乗って」
「なんだや、兄ちゃんこそボロボロでないの。私ゃ大丈夫だから、あんたこそ医者に診てもらわにゃ……」
「平気。ちょっと汗かいてるけど…嫌じゃなかったら乗って。送る」
ちょっと間があって、背中におぶさるばあちゃんの感触。
対して重くもないから、普通に立ち上がって歩き出す。
聞くと電車通学の俺が乗るJRの駅とは真逆の方向。
でもこの際乗りかかった船だ。仕方ない。
赤い屋根の白い一軒家。
そのままばあちゃんを送り届けて、すぐにその場を後にしたんだけど……
あの時の相手、うちの三年だったんだ。
俺の顔もバレてる。
すぐに呼び出されて、因縁付けられた。
喧嘩は好きじゃないけど、不本意ながら場慣れはしてるから弱い方じゃない。
でも、今回は油断した。
落ちてた廃材振り回されて腕と顔に痛みが走った。
血が目に入って視界が塞がれる。
片目だけでなんとか追い払ったけど、今回はさすがに肉体的にも精神的にも辛い………。
そんな時だった。
「小池くん!」
ガラッと窓が開く音がして、自分を呼ぶ声。
辛い身体を動かして声のする方を見ると、保健室の窓を開けてこっち見てるのは、同じクラスの……成宮?
クラスでもあんまり目立たない方の娘。
でも意外にしっかり者だし、色白で髪もフワフワの……俺の中じゃ割と可愛い印象だったりする。
慌てて飛び出して来てしきりに保健室に誘ってくるけど、この時の俺はついて行く気はなかった。
俺に関わるとろくなことないから……………
そんな俺の気持ちを動かしたのは……俺を見上げる成宮の瞳だった。
ドキッ
心配そうに見上げる瞳が潤んでて、なんだかとっても可愛くて。
なんでか、こいつに心配させたくない……そう思った。
身体に力が入らなくて、思わずよろける俺を支えてくれる小さな身体。
柔らかくて細くて……でもしっかり支えてくれる。
俺みたいなのを労ってくれる、その優しさと芯の強さに心惹かれた。
この時から俺は成宮が好きになった―――――
「大輔……ちょっといいか」
親友の木村大輔。
ガキの頃から一緒にいるから気心知れた仲。
俺と違って女子にも人気がある。
「ん~?何?」
「俺、好きな奴できた」
「んごっ!?………ゲホッ、ゲホッ」
大輔の奴、飲んでたイチゴオレ………眺めてた雑誌の上に吐き出した。
それさ…俺のなんだけど。
涙目になりながら、近くにいた女子に貰ったティッシュで雑誌を拭いつつ俺を見上げる。
「ヒナタ~…なんでそんなこと、顔色ひとつ変えないで言えんだよぉ」
「変わってないか?一世一代の、嬉し恥ずかし告白なんだけど」
俺にしたら超恥ずかしい相談。
だって、今まで女の子好きになったことなんか無いから、いわば初恋。
だから当たり前だけど、どうしたらいいかなんてわかんない。
暫く考えた末、大輔に相談しようと思った訳だけどさ。
「もっとこう……ハニかむとか、頬を赤くするとか、色々あるだろ~?」
「こう?」
恥ずかしい気持ちを表そうと、ちょっと笑って見せる。
それを、ジ~ッ……と見てた大輔が残念そうに首を振る。
なんでだよ。
「……それはニヒルな笑みですな。まぁいいや、で?」
「で?って?」
「相手は誰よ」
声を潜めて寄ってくる。
なんでコイツこんなに楽しそうなんだ?
「あいつ」
チョイと俺が指差した先には……廊下側の一番後ろの席で、三人の女子達と楽しそうに笑ってる成宮がいた。
白い肌に笑顔が可愛い。
「どいつよ」
イマイチどの子だかわかってない大輔のネクタイを、おもむろに掴むとグイッと引き寄せた。
「成宮」
「うそ…っ!」
「何がうそだよ、おかしい?」
「いや……タイプ的に意外だったから。あの子すっげー大人しいぞ?」
「そうだな。でも俺のこと恐がらねぇんだ」
俺みたいなのを寄り添って支えてくれて………目と目をちゃんと合わせてくれた。
思い出す、綺麗な瞳。
「ふ~ん、まぁいいや。俺は応援するよ。ヒナタの初恋♪」
「なんか楽しそうだな………やっぱいいや」
「なんでだよぉっ。」
「おっ、何の話~?」
「タケちゃん、聞いて!ヒナタってばさ~ツレないんだよ」
「な~んだ、いつものことじゃん。痴話喧嘩だろ?」
「なんでだよ~!」
「ヒナタ、奥さんがこのように申しておりますが?」
「放っておいていいぜ」
「む~っ……」
この時、途中から会話に混ざった奴らとふざける大輔と俺を見る視線に、この時はまだ気付くことはなかった―――――――――
「うっわ………ヒナタ、外見ろよ。雨凄ぇぜ」
内緒で視聴覚室に持ち込んだ映画の干渉会。
終わって外を見れば、土砂降りの雨。
「朝は降ってなかったのに~……俺傘ないよぉ」
「俺はある」
「まぁじでぇ!ヒナタちゃん、相合い傘お願いしゃっす♪」
ニカッと八重歯を見せ笑う大輔。
調子いい奴~。
「まっ、いっけど」
「いよっしゃ♪ついでに駅前で何か食ってこうぜ……って、あれ?」
昇降口の外に目をやる大輔の視線の先。
見覚えのある後ろ姿。
フワフワの黒髪を揺らして空を見上げてるのは……成宮?
この土砂降りの中、外に出ようとしてるのがわかって、俺も慌てて……つい、その細い腕を掴んでしまった。
ぱっとその身体が振り返る。
フワリと香るシャンプーの甘い香りが鼻をくすぐる。
「小池くん?」
ビックリしたように目を見開いて見つめてくる愛しいその人を前に………どうしたらいいかわからない。
「お~、ヒナタどうした?」
そんな俺の気持ちを察してか、後ろからひょっこり顔を出した大輔は、成宮が居ることに気付かなかったかのようにビックリして見せる。
「あれ~?成宮じゃん」
そんな大輔を見上げながら親しげに喋る成宮(ちょっとヤキモチ)。
でも笑顔がやっぱり可愛くて胸がキュンとする。
成宮が傘を持ってないってわかって、一瞬こっちをチラッて見た大輔……何?
「俺全っ然反対方向に用事あるんだった。じゃ~ね♪」
止める間もなく、パシャバシャかけて行く大輔の後ろ姿を見送る。
つうか、この状況……二人きり!?
どうすれば……どうすればいいの?
「あ~……じゃ私も帰るね」
ふいにかけられた成宮の言葉。
ちょっと待って!
会話なんか思い付かないくせに……掴んだその手をすぐに離す気にはなれなかった。
「……ごめん、帰るね」
ちょっと困ったようにはにかみながら見上げてくる、その表情が超可愛くて。
胸が苦しくなる。
今まで感じたことが無い位の、異性に対する愛おしい気持ち……どうしよう。
「小池…君?」
どの位無言で見つめていたか、ハッと我に返る。
ポン
持っていた傘を開く。
せっかくのチャンスなんだ、まだ一緒に居たい。
咄嗟に思い付いたのは…………
「……送る」
「え……でも私んち、駅とは逆だよ?」
明らかに戸惑ってる。
逆に電車通学の俺の心配してくれて、歩いて帰れる距離だからって言うけど……でも、プライドにかけて引き下がりたくなかった。
「いいから……この前のお礼」
傷の手当のお礼と称して、強引にプッシュ。
少し考えてたみたいだけど、ふわっと成宮の表情が緩む。
「じゃ…お言葉に甘えちゃおっかな」
「ん…」
よっしゃ!大輔のお膳立てもあってか、思ったよりうまくいった♪
異性との始めての相合い傘は好きな人とだぜ?ラッキー過ぎじゃね~?
差し掛けた傘に怖ず怖ず入る成宮に、またもキュン☆となりながら、並んでゆっくりと歩き出す。