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恋、というものを知らなかった。 男と幾ら体を重ねても、彼氏と言われる存在が居たとしても
そこに胸を締め付けるような苦しい感情が芽生えた事はなかった。誰も愛するという事を教えてはくれなかった。そんな私に初めて芽生えた感情。

部屋に戻り、電気も点けぬまま青白い水槽に手を充てた。適温が守られた水槽内で、外敵も居ずに優雅に遊んでいる美しい魚たち。

私はもしかしたらいつだって囚われる事を望んでいたのかもしれない。誰かに保護をされたがっていたのかもしれない。

たとえばそこに本物の愛がなくとも。
必要とされるのは私ではなく、私の持っている物だけでも良い。

その優しさが偽物だったとしても、保護され守られ甘い言葉を一時的にくれるのであれば、この場所は安全で幸せだ。

魚たちは遊ぶ。自分の世界がここだけだと信じて疑わない。   愛はないと本当はとっくに気が付いていた。


トントンとノックがして、部屋の扉が開けられる。廊下の淡いオレンジの光りが漏れていた。
私には、そこに立っていた人の目的の方が理解出来なかった。

ちっとも優しさの感じられない、深い緑色をした瞳を持つ彼の。