「明日って花火大会があるみたいよ」
サキの言葉に僕は、「そうみたいだね」
とだけ答えた。

沈黙の後、グラスの輪郭に沿って降られた塩を
人差し指でなぞってコースターに落としながら、
サキが言った。

「好きな子、いるんでしょ」

その爪にはエナメルもジェルも塗られていなかった。
3週間に一度はメンテナンスしていたそれに、
僕は今まで気付かなかった。

「ネイル、落としたの?」

「お料理教室、グループレッスンでは禁止なの」

サキは塩のついた指をコースターに押し付け、
グラスを手に取った。

「ヒロくんが退屈そうにしてるの、
 分かるから、恋人関係、解消してあげるね」

僕は何も答えられなかった。

唇に残ったモヒートのハーブを指で取って、
灰皿に置こうとした手をサキが握って、
「友達では、いてくれるよね」と言って笑った。

ひたすら情けない僕は、アルコールも手伝って
その目頭が熱くなるのを感じた。

「ごめん」と言って握り返した手は、
すっかり温まっていて、やさしかった。

僕は暫くの間、サキの裸の爪を、
右手の親指でなぞっていた。