いったい、なにがあったのだろうか?
「ねぇ、マイヤーヌ。どうしたの?」
近くにいたマイヤーヌに声をかけると、彼女は首を横に振り言葉を発する。
「それがわからないの。扉が開いてマイカがいらっしゃったと思ったら、なんで夏休みなんてあるのって叫んだの……」
声のトーンから彼女の困惑さが伝わってくる。
「マイカ、どうしたの……?」
彼女に近づき声をかけると、涙目になりながら「シルフィ様っ!」と抱きつかれた。
こんなマイカは、ゲームの世界でも現実の世界でも見たことがない。
なにかよほどのことがあったのかも。
「私、夏休みになったら絵の買いつけのために諸外国を巡らなきゃならないんです。そしたら、このお店に来られなくなっちゃいますわ。私の癒しの時間がなくなります」
「あー」
なるほどという感情を含んだ声が、お客さんたちから同時にあがった。
「オルニスのお嬢さん、美術部門の稼ぎ頭だもんなぁ。夏休みなら稼ぎまくれる」
「そりゃあ、本店もここぞとばかりに稼がせるよな」
「気持ちはわかるわ。このお店、居心地いいしカフェメニューもおいしいもん。私たちは仕事が休みの時に来ているけれど、お嬢さんは学業と仕事の両方。両立するのって大変ね」
うちの店の顧客層は、商人町にあるため商会で働いている人やその家族ばかりなので、マイカの気持ちをくんでくれている人たちが多いみたい。
でも、ルイーザは違った。
「というか、仕事だからしょうがなくないですか? マイカお嬢様」
マイカの前に立っているルイーザは、腕を組み真っ正面から正論を言うと、マイカが頬を引きつらせた。
「一刀両断しましたわね。さすがドS黒メイド。もちろん、そんなことはわかっています。ですが、私にとってこの店に来ることは癒しなんですよ。夏休み期間中は働きづめで訪問できないなんて!」
絶叫に近いマイカの声が響き渡る。
「でも、オルニス家のお嬢さんの気持ちもわかるわ。私たちも週末にお店が開くのを楽しみにしているし」
「お店でお茶を飲むのが癒しだよね。仕事もそれでがんばれる」
「かわいいメイドさんに給仕をしてもらえて、ちょっと貴族気分が味わえるし」
お客さんたちもマイカに同意してうなずく。
「マイカ、とりあえず立ち話もなんですので座りましょう。どの席がいいですか?」
「じゃあ、五番テーブルでお願いします」
「ちょっと待て! 俺が座っているだろうが。ほかにも席が空いているのに、なぜ俺の席なんだ」
ちょうど窓際の真ん中付近に座っていたアイザックは、マイカの言葉を聞き、両手をテーブルにつき立ち上がった。
眉間にしわを寄せ訝しげにマイカを注視している。
「だって、五番テーブルからは店内をくまなく見られるんですもの。お仕事をしているシルフィ様を見て目の保養に! アイザック様だってそれ狙いでその席に座っているじゃないですか」
「……いいだろ、別に」
アイザックは顔を染めるとそっぽを向いた。
マイカはアイザックを気にすることなく、五番テーブルへ向かう。
すると店内のざわめきも収まったので、私は業務に戻ることに。
彼女のことは気になるけれど、お仕事があるし……。
厨房に用意されているアイザックが注文したワッフルを取りに向かうと、アイザックとマイカが座っている五番テーブルへ向かった。
アイザックはマイカがひたすら話をしているのを黙って聞いてくれているようだ。