状況がまったく把握できず最悪の出来事が頭をよぎって、目の前が真っ暗になっていく。
 たしか凜々花は今日、有給を使って休んでいたよね? 外出していなければ家にいるはず。

 私は全速力で凜々花とルームシェアをしているアパートへ駆け出した。
 公園から自宅までは徒歩十分の距離。走れば七分といったところか。

 息を切らしてアパートに到着すると、トートバッグの中に手を突っ込んで鍵を捜す。焦っているせいか、なかなか見つからない。
 焦る気持ちを抑えながら、やっと鍵をつかみ取り、急いで施錠をはずした。

 ガチャンという音を聞き、すぐさま扉を開けて「凜々花!」と呼んだ。
 けれど、まったく返事がない。ただ、静寂に包まれている。

「いないの……?」
 私は靴を脱ぎ、中へと入っていく。

 自宅なのに、いつもとまったく違う空間のように感じた。
 なにが起こっているのかわからず迷宮の地下牢(ダンジョン)に突き進んでいるようだ。
 廊下の突きあたりにあるリビングへと向かうが、そこに凜々花の姿はない。

 中央に敷かれたラグは私が数ヶ月かけて編んだものだ。
 凜々花も気に入っていて、ふたりでよくラグの上でくつろいでいた。

 左側にはテレビ、チェスト、本棚などがあり、本棚にはカフェに関する書籍がぎっしり詰め込まれている。
 壁にはマスキングテープでとめられた私たちのお店の内装や、私がデザインしたカフェの制服が描かれたイラストがある。

 室内の状況は、仕事に行く前とまったく変わっていない。
 テーブルの上に置いてある手持ち金庫以外は──。

「まさか、泥棒!?」
 バッグを投げ出してしゃがみ込み、金庫を見た。
 その蓋は開いたままの状態で、中に入れていた一通の通帳がむき出しになっている。
 
 この金庫はふたりの共同カフェの資金専用。
 額が大きいからと金庫を購入して通帳をしまっているのだ。

「……よかった。通帳は取られていないわ」
 安堵で全身の力が抜け、私は床に崩れるようにして寝転がった。

 ふかふかのラグが体の重みを受け止めてくれ、私は盛大に息を吐き出す。凜々花がしまい忘れただけなのかも。
 でも、それならあの電話は? 胸に広がる不安が拭いきれず起き上がって通帳へと手を伸ばした。開くと、目に飛び込んできたのは……。