「シルフィ、この間言っていたじゃない。カフェの従業員を増やしたいって」
「えぇ」
「私もシルフィも悪役令嬢。どうせなら、悪役令嬢だけのメイドカフェにしたらおもしろいかなって思ったの」
「悪役令嬢だけかぁ」
「でも、無理そうね。メイドカフェはフリルや甘めの制服だし。少し刺繍がついているハンカチくらいでガタガタ騒ぐようなマイヤーヌには無理だわ。フリルとか大嫌いそう」
「んー。その件なんだけれど、たぶん逆だと思うの。大好きなんじゃないかな。実はちょっと心あたりがあるの」
幼少期はよくマイヤーヌの誕生日パーティーに呼ばれていたのだけれど、ある年、クマのぬいぐるみをプレゼントしたことがある。
渡した時は目を輝かせて頬を緩めぎゅっとクマのぬいぐるみを抱きしめていたから、気に入ってくれてよかったってほっとしていた。
でも、すぐに我に返り真顔になると、『こんな子供みたいな物いらないわ』と突き返された。
それ以来、彼女へのプレゼントは本か万年筆などの実用性重視のものを渡している。
私が過去の出来事をルイーザに話すと、彼女はゆっくりとうなずきながら聞いてくれた。
「こじらせ系かも。コンプレックスのせいで自分はかわいい物を愛でるのを我慢しているから、シルフィやほかの女子生徒が自由に持っているのを見てムカつくとか」
「マイヤーヌの家はどちらかといえば、旧来の貴族のしきたり……質素で知的な生活こそ貴族としての品位という教えを受け継いでいる名家なの。それがラルフのお父様の目にとまり、十歳の頃に婚約者に決まったんだ。質素で知的な生活を信条にしている家柄の子は未来の宰相の妻にふさわしいって」
「あー、なるほど。どうりで生真面目を絵に描いた学級委員長タイプなわけか」
「かわいい物が好きなら、マイヤーヌにも我慢しない生活をしてほしいわ……メイドカフェならそれが提供できるもの」
私も裁縫を我慢する生活をしていたことがある。その時は、結構つらかった。
「ねぇ、マイヤーヌに声をかけるだけかけてみましょう。私たちはきっかけを与えるけれど、そこから先に進むか踏みとどまるかは本人が決めればいい。自分の運命は自分で切り開くべき」
「それもありね。明日にでもさっそく声をかけてみましょう」
ルイーザの同意に対して、私は大きくうなずくとティーカップに手を伸ばす。
マイヤーヌの返事が想像できないから、今からどきどきするわ。
ゆっくりと紅茶を飲みながら、私はマイヤーヌがどんな反応をするか気になった。