「あの……申し訳ないのですが、カフェに戻らねばならないので、私はこれで失礼いたします」
「本当に、ありがとうございました。また店に立ち寄らせていただきますね」
「お待ちしております」
私は微笑むと工場をあとにした。
応接室から出ると、廊下の壁に沿うように工場長秘書のミリィさんが立っていた。祈るように胸の前で手を組みながら、不安げに瞳を揺らしている。
「シルフィ様……」
もしかして、契約のことが心配で待っていたのかもしれない。
私は彼女を安心させるために微笑むと、廊下の奥にある階段ホールの方へ促した。
「契約は無事締結しました。これで以前のように稼働できますよ」
「本当ですか!? よかった……」
彼女の頬に滴が伝う。
私だけじゃなくて、工場のみんなも不安でいっぱいだったんだ。
私は鞄からハンカチを取り出すと、ミリィさんへ差し出す。
「よかったら、使ってください」
「そんな! シルフィ様のハンカチなんて恐れ多いです」
「気にしないで」
「ありがとうございます」
彼女はハンカチを受け取ると、そっと涙を拭いた。
「私たち、グロース家のせいでつらい思いをさせてしまいました」
「いえ、侯爵様やご一家のせいではありません。それは私たちが全員、心の底から思っていることです。侯爵様は私たちにとてもよくしてくださっていますから……。それにしてもラバーチェ家との問題はどうなりましたか?」
「陛下に間に入っていただき、話し合いをする方向で進んでいます。過去にも何度か話し合いを求めたのですが、決裂しているので心配なんですが……」
「難しいですね。侯爵様とシルフィ様の憂いが晴れるように祈っております」
「ありがとう。私たちのことはなんとかなると思うから心配しないで。今は工場のことを優先しましょう。さぁ、ほかのみんなも不安だと思うので、知らせてあげてくださいね」
「はい!」
ミリィさんは弾んだ声をあげると、心から湧き上がるような笑顔を浮かべた。