入口の方を見ると、扉の前には男性が立っている。

 綺麗になでつけられた前髪や身にまとっている衣服、それから手にしている鞄と履いている靴は艶々として手入れが行き届いている。
 その装いからすると、商会の人なのかもしれない。
 けれど、背を丸め、じめじめとした深い森のような空気を醸し出している。

 ──どうしたんだろう?

「おかえりなさいませ、ご主人様」
 そう言ってお客さんを出迎えると、彼はぎょっとした。

「ご、ご主人様!?」
「お店のコンセプトが貴族の部屋なんです。私たちはメイドでお客さまはこちらの部屋の主という設定なんですよ。ですので、女性はお嬢様、男性はご主人様呼びさせていただいているんです」
「あぁ、なるほど……! 言われてみれば貴族の部屋っぽい。なにか腹に入れられればいいかと思って適当に入ってみたら、おもしろい店だね。店員さんは天使みたいにかわいいし」
「今日、オープンしたばかりのお店なんです。よろしくお願いします」
「よろしく。俺、ジグっていうんだ。職場がこの近くなんだ。いや~、神様に感謝だな。君みたいなかわいい子に会えるなんて……ん? あの子もメイドなのかい?」
 ジグさんは接客中のルイーザの方を見ながら尋ねた。

「はい。彼女もメイドです。では、お席にご案内いたしますね。こちらへどうぞ」
 私が席に案内すると、男性は椅子に座って周りをきょろきょろと見回した。
 せわしなく瞳を動かして「へー」と時折つぶやいている。

「この店のオーナーって貴族?」
「よくわかりましたね」
「そりゃあ、わかるよ。テーブルも絵画も一級品ばかりだ。うちで取り扱っている品に負けていない。あそこに飾っている絵、うちのお嬢が好きそう」
「娘さんがいらっしゃるんですか?」
「いや、働いている商会のご令嬢のことなんだ。お嬢を連れてきたいけれど、天使みたいにかわいい子がいるって言っちゃったら来ないかもなあ。お嬢の天使は別にいるから」
「天使、ですか?」
「そう、天使。お嬢には慕っている女性がいてね。毎日『天使が尊すぎる』って言っているよ。まぁ、気持ちはわかるけどね」
「お嬢様と天使さんはお友達になれたんですか?」
「高嶺の花すぎて声をかけられないらしい。そういうところがお嬢っぽいんだよね」
「声、かけられるといいですね」
「従業員一同、それを願っているよ」
 そう言ってジグさんは目尻を下げ、優しく微笑んだ。