──あの時、シルフィが天使に見えたんだよな。

 知らない子たちの中で、不安げにしていた俺に声をかけてくれた純白のワンピースに淡いピンク色の髪の女の子。
 優しい笑顔で天使そのものだった。

 彼女に恋をし、やがて彼女を守れるくらいに強くなりたいと切望するようになって、心の底から力が欲しいと願った。
 あんなに嫌いだった鍛錬と向き合い、心と身体を鍛え上げた。
 そして父上に認められ、今回の留学が叶った。

 すべてはシルフィたちとの再会のため──。

「はぁ……今日こそシルフィ様をお茶に誘えると思ったのに……」
 盛大なため息が聞こえたせいで、思考の世界から現実に引き戻された。
 視線を移すとマイカが、頬に手をあてて、憂いている。

 ──それにしても、マイカが留学しているとは予想外だったな。

「あーあ。私はいつになったら、シルフィ様とお近づきになれるのかしら?」
 マイカはシルフィが出ていった教室の扉を見つめ、わかりやすく肩を落とす。
 まるでこの世の終わりのような空気をまとっているが、気持ちがわからないでもない。

 しかし、接点などなさそうなのに、マイカがこんなにシルフィのことを慕っているとは。

「今回はタイミングが悪かっただけだ。シルフィとお茶なんていつでもできるさ」
 マイカの肩をポンと叩き励ましたつもりが、マイカには届かなかったらしい。

「いつでもですって?……なんて妬ましい。私は一度もないのに」
「なんでそうなるんだよ!? ただ慰めただけだろ」
「あなたは婚約者だからいつでもシルフィ様とお茶ができるのよ。慰めるふりをして、優越感に浸っているんだわ」
「ほんとシルフィのことになるとマイカは絡み方が面倒くさい! 入学式の時に俺にかけた第一声を覚えているか? 『シルフィ様の情報があれば高値で買います』だったんだぞ!?」
 ウォルガーは、げんなりしながら言った。

「正気か?と問いたくなるな」
 俺はウォルガーの話を聞き、顔が引きつった。
 マイカのシルフィに対する気持ちは、情熱的というか、執着に近い気がした。

「そう思うだろ。普通、友達の情報を売るわけがないじゃないか。しかも、『シルフィ様の婚約者であるウォルガー様のそばにいたら、シルフィ様を近くで拝見できそう』だと」
 ウォルガーはそう言うと、ため息を吐いた。
 そのやり取りが細部まで想像できたので、俺はウォルガーに同情を覚える。

 学園はクラス替えがないから、この先ずっとウォルガーはマイカにまとわりつかれるだろう。
 俺は友人の疲労が心配になった。

「あー、うらやましい。シルフィ様の婚約者だなんて。どれくらいお金を積んだんですか?」
「金じゃない! 陛下だ。陛下が決めたんだよ。婚約者といっても俺もシルフィも家族同然。お互いに恋愛感情がない」
 ウォルガーは俺の方をちらちらと見ながら言う。

 きっと気を使ってくれているのだろうな。