私も彼の背に腕を伸ばして抱きしめる。
深海にいるかのように冷たく暗い心だったのが、嘘のように晴れていく。
アイザックがそばにいてくれるだけでこんなにも意識の持ち方が違うなんて──。
「エオニオには今朝忠告したのに、それを無視してシルフィを傷つけた。報いは必ず、受けてもらう」
「お願いやめて。相手は王太子殿下。アイザックにまで迷惑がかかるわ。下手したらあなただけじゃなく家族やマルフィ国にまで……厄介事に巻き込むわけにはいかない」
「心配しなくてもいい。家族や祖国もこれくらい問題ないよ」
「でも……」
「俺を信じて。きっとまたシルフィが笑って過ごせる日常を取り戻すから」
アイザックはそう言うと私の髪を梳くようになでたので、私はゆっくりとまぶたを下ろした。
もしかしたら、このまま悪役令嬢として断罪されるかもしれない。そうなったら、二度とアイザックとは会えなくなってしまう。
だから今は愛しい彼のぬくもりを忘れないように刻もうと思った時だった。廊下を歩いてくる足音が聞こえてきたのは。
足音は私の部屋の前で止まり、代わりに控えめなノックが聞こえてくる。
「シルフィ。ちょっといいかい?」
お父様だ。
私たちはお父様の登場にゆっくりと抱きしめ合っていた体を離す。
「はい。どうぞ」
返事をすれば扉が開き、お父様が現れた。手には純白の封筒を持っている。
「アイザック君。すまないね」
「いえ、シルフィのためですから。それより、なにかあったのですか?」
「エオニオ王太子殿下が臣下を集めたんだ。他国にグロース家の悪評が広がる前に四大侯爵の地位をラバーチェ家に戻すように提言された。だが、陛下やほかの重鎮たちが調査も終えていないのに早急だと反対してくれて事なきを得ている」
「お父様。私はなにも……!」
「わかっているよ。シルフィがそんなことをするはずがないということくらいね。エクレール嬢がまさかここまでするとは……実はシルフィに、もうひとつ伝えておかなければならないことがある」
「なんでしょうか?」
「実はウォルガー君とシルフィの婚約破棄が決定した。一部の者たちが陛下にアエトニア侯爵を巻き込まずに済むように破棄を進言したんだ」
私とウォルガーの婚約が破棄され、悪役令嬢としてのシナリオのひとつがまた進んだ。
シナリオどおりではないが、大まかな筋は通っている。