「すまない。北大陸の地図も必要だったんだ。運ぶのを手伝ってくれないか?」
「……先生。それ早く言ってください」
「年のせいか最近忘れっぽくてな。一緒に歴史準備室に来てくれ。シルフィ君はそのまま授業に向かってくれてかまわないから」
ベロニカさんは眉間に深いしわを寄せると、ため息を吐き出した。
「シルフィ様。本をお願いしてもよろしいですか?」
「えぇ。かまわないわ。のせてもらってもいい?」
ベロニカさんは私が持っている本の上に自分が持っていた本をのせると、また深いため息を吐き出した。
今にも舌打ちをしそうなくらいの不機嫌な感情まで吐き出しているかのよう。
「ベロニカ君。早くしてくれ。授業が始まってしまう」
「わかっていますよ。そんなに急かさないでください」
棘を含んだ声で返事をしたベロニカさんは、私に会釈をすると階段を上って三階へと向かった。
ベロニカさん、すごく頭にきているみたいだったわ。
たしかに早く言って!って、思うけれど。職員室でほかに運ぶものはないか質問すればよかったかも。さすがに本三冊だけ運んでほしいってことはないと思ったし。
次から気をつけようと思いながら階段を下りていくと、階段下からエクレール様が上ってくるのがうかがえた。
ティーナとリーナも当然一緒。左右をがっちりと固めている。
──間が悪すぎるわ。エクレール様と遭遇するなんて。しかも、ひとりの時に。
引き返そうか──いや、ほかの生徒の姿もあるから大丈夫かも。関わらないようにして早めに階段を下りて教室に行こう。
私はそっと息を吐くと、先に進んだ。
念のためにエクレール様が右側を歩いているため、私は左側ぎりぎりを歩く。また難癖をつけられるのを避けるために。
だんだんエクレール様との距離が近づいてくると、急に彼女が絹を切り裂くような悲鳴をあげて階段から転げ落ちた。
「エクレール様っ!」
ティーナたちの悲鳴が階段にこだまする中、エクレール様は一番下まで転がり落ちてそのまま動かない。
エクレール様の名を叫びながらティーナたちが一目散にエクレール様のもとへ向かうと彼女の身を起こした。