「シルフィ嬢」
殿下は琥珀色の瞳で私を捉えたかと思うと、目を大きく見開く。
今一番恐れているのは、私のせいにされることだ。
怖くて動けずにいると、殿下が私の前へやって来た。
「ずいぶん顔色が悪いな。エクレールの教科書が切り裂かれた件となにか関係が?」
「私は……」
「その怯えようはなにか知っているな。さぁ、話すんだ」
殿下はまくし立てるように言いながらこちらに腕を伸ばしてきたため、私は身を守るように体を縮めてぎゅっと目をつむった。けれど、殿下の手が私に触れることはなかった。
どうして?と思ってゆっくりと目を開けると、横から伸びてきたアイザックの手が殿下の手首を掴んでいるのが見えた。
邪魔された殿下は、烈火のごとく怒りを滲み出した瞳でアイザックを捉えているが、アイザックは流水のごとく受け流している。
「気安くシルフィに触れないでいただけますか」
「……もしかして君はシルフィ嬢のことが好きなのかい? ずいぶんと王子様気取りだね。留学生だから知らないかもしれないが、彼女には婚約者がいるよ。それに君の校章はブロンズ。彼女はゴールド。君の方が格下だから永遠に叶わない恋だよ。かわいそうだけれど、あきらめた方がいい」
「報われるかどうかはシルフィが決めることだ。それに、人の恋路を気にするよりも、己のことを気にした方がいい。破滅の恋にならないように」
どういう意味なのだろうか。エクレール様との恋が破滅って……。
アイザックは、エクレール様と殿下に関してなにか知っていることがあるのかな。
「破滅の恋……?」
殿下は片眉をピクッと動かすと、訝しげにアイザックを見た。
「自分のことすら見えていないんだな。早く気づいた方がいい。すべて失うぞ」
「どういう意味だ?」
「君に教える義理も恩もない。王太子という責務ある立場の人間なのだから、もっと見る目を養うんだな」
アイザックは冷淡な笑みを浮かべた。
「シルフィ。さぁ、行こう」
私は殿下に会釈をしてアイザックと共にその場を立ち去った。
廊下を歩きながら隣を歩いているアイザックへ話しかける。
「殿下は私のことを疑っていると思うけれど、私は犯人じゃないわ」
「わかっているよ。シルフィがするわけないじゃないか」
「うん。ありがとう」
アイザックに誤解されるのが一番精神的にダメージが大きいので、彼が否定してくれてほっと胸をなで下ろす。
でも、現状は甘いものではない。理解してくれる人にだけ理解してもらえればいいという状況ではないのだ。
相手はミニム王国の王太子殿下。
私だけではなく、私の家にも迷惑をかける可能性が高い。
エクレール様の性格を考えると、きっと近々また彼女は動くだろう。彼女の狙いは私や四大侯爵の地位だから。それにシナリオ補正の件もある──。
憂鬱な心のまま自分の教室に入ると、「シルフィ様」と背に声をかけられたので振り返ると、クラスメイトの男爵令嬢、ベロニカの姿があった。
彼女はかかえるようにして日誌を持っている。