彼女を迎えると言っていたけれど、いったい誰のことかしら?
マイカではないわよね。あまり接点がないし。
浮世を流した女性もいないから、まったく見当がつかない。
いろいろな女性の顔を浮かべては、「違うよね」と首を横に振っていると、突然甘ったるい猫なで声が聞こえてきた。
「まぁ、殿下っ!」
ホール内に響いた声を聞き、殿下に変化が起きた。目尻が下がり口もとが緩んだのだ。
どういうことなの? だって、この声はマイカではない。
この声の主は──。
ハニーゴールドの髪をたゆたわせながら殿下のもとまで歩いてきたのは、エクレール様だった。
口もとに手をあててクスクスと笑っている。
「なにを考えているのかしら? エクレール・ラバーチェ!」
ルイーザが目を細めてやって来たエクレール様を見ると、彼女は「怖いわ」と小さく震えて殿下にしがみつく。
「彼女を睨むのはやめてくれ。彼女は──」
待って。この光景見たことがある。続きの台詞にも覚えがあった。
「彼女は僕が出会った愛しい人だから」
私が小さくつぶやいた後、殿下も一字一句違わない言葉を放った。
なぜ私が知っているのか。それはこれがゲームのシナリオと一緒だから。
シルフィがヒロインのマイカに対して、わかりやすく敵意をむき出しにする場面。静止画を見ているから、覚えがあったのだ。
でも、台詞も場面も一緒だけれど人が違う。
これじゃあ、〝エクレール様がヒロイン〟で〝殿下がヒーロー〟だわ。
ルイーザも気づいたらしく振り返って私の方を見た。
すると、彼女の視線の先を追うようにして、殿下がこちらを向いたので、目が合った。
「おや。シルフィ嬢じゃないか。聞いているよ。ルイーザと毎週のように勉強会をやって仲よくしてくれているんだってね。ありがとう」
「いえとんでもございません」
「隣の彼は……ミニムの貴族ではないようだね。もしかして、留学生かい?」
「彼はマルフィからの留学生ですわ」
「そうか、マルフィからか。遠いところよく来てくれたね。なにか困ったらことがあったら僕を頼るといい。では、僕はこれで失礼するよ」
殿下はそう言うと、私たちに背を向け、エクレール様を連れて去っていく。