声の主が頭の中に浮かんだ瞬間。
サロンと廊下を隔てている扉がバンッという乱暴な音を立てて開け放たれた。
「シルフィ様、ご無事ですか!?」
絶叫に近い声をあげて室内へと入ってきたのは、肩で大きく息をしているマイカ。
「マイカ?」
「マイカ?」
突如として現れたマイカに対して、私もウォルガーも裏返った声をあげた。
たしか彼女は、夏休み期間中は絵の買いつけなど海外をいろいろ回って仕事をしているはず。
どうしてここにいるのだろうか。
「たまたま一時帰国したら、部下からシルフィ様の襲撃の件を伺いました。いてもたってもいられ……んっ?」
マイカは少し顔を下げて私の膝で休んでいるアイザックの姿を見ると、ぎょっとした。
「ちょっと! なにしているのよ。シルフィ様の膝の上で寝るなんて百年早いわ。どきなさいよ」
「それより、マイカの部下はどっから情報を得たんだよ。極秘扱いのはずなのに」
「商人の情報網をなめてもらっては困るわ。情報は金と同等レベルよ。犯人の目的はなに? やはり王太子殿下の婚約者であるルイーザ様なの? というか、さっさとどきなさいよ」
マイカがアイザックの腕を両手で掴んで引っ張るが、まったくびくともしない。そのため、マイカのまとっている空気が張りつめだしたのが伝わった。
「マイカ。落ち着けって。アイザックがシルフィや俺たちを守ってくれたんだぞ。ご褒美くらいいいじゃないか。昨夜もシルフィの部屋の前で寝ずに警護してくれたんだぞ」
「シルフィ様を助けてくださってありがとうございます。謝礼をお支払いいたしますので、さっさとおどきになってください。なんなら場所を譲って。五千ルギをお支払いいたしますので」
「ご、五千ルギ……」
日本円に換算したら、五千万円くらいなんですが。
私の膝枕にそんな価値はない。膝枕ひとつでそれくらいのお金が稼げるのならば、私はお金持ちになっている。
「たしかにそれくらいの価値はあるな」
アイザックが身を起こしながら言ったので、私は頭痛がした。
「ないよ!」
「ある」
ふたりはここぞとばかりに息を合わせて声を重ねる。
お店でも学園でも険悪な時が多いふたりだけれど、時々息ぴったりの時があるんだよね。
「ねぇ、ウォルガー。なんとか言って」
「無理。言っただろ? 波乱の恋だって」
苦笑いを浮かべているウォルガーを見て、私は目を大きく見開く。
ウォルガーの好きな人ってマイカだったの? まったく気づかなかった。
あれ、でも……ウォルガーがマイカのことを好きになり、マイカもウォルガーのことを好きになったら、断罪、没落、追放、死亡エンド!?
死亡エンドのフラグ回収は嫌だけれど、ウォルガーの恋は応援したい。