「どういうこと……?」
「俺たちの婚約について今まで話したことがなかっただろ」
「えぇ」
「陛下の御心のまま、生まれてからずっとお互い結婚することが決められていた。でも、俺はシルフィのことを家族同然に大切に思っているから、幸せになってほしい。そのためなら、いくらでも協力するし力になる」
「どうしたの? 急に。私も同じ思いでいるわ」
「シルフィ、好きな奴いるんだろ?」
「えっ」
 私はつい反射的にアイザックの髪をなでていた手を止めた。

「気づくよ、ずっと一緒にいたから。そいつなら、俺も安心してシルフィのことを任せられる」
「私たちの婚約は陛下の御心で決まっているわ。四大侯爵だからといってやすやすと破棄できない。私たちは陛下の臣下だから」
「それは大丈夫」
「どういうこと?」
「あー。今は詳しく伝えることはできないんだ。でも、とにかく心配しなくてもいい」
「私のことより、ウォルガーは好きな人いるの? 聞いたことがなかったけれど」
 社交界でも学園でも男女問わずに仲がいいから、いろいろな人と一緒にいるのを見かける。でも、最近学園内ではマイカと一緒にいるのを見かけることが多いかな。

「実はいるんだ。最初は絶対に恋愛対象にならないって思っていたのに、気がついたら好きになっていた。自分でも驚いている。おそらく波乱の恋だと思う」
 波乱の恋? なんか、不穏なフレーズだわ。
 ウォルガーに好きな人がいることを知り、ほんの少し寂しくなった。

 今まで家族同然のように過ごしてきたから、私との間に距離ができるような気がして……。
 好きな人がいるそぶりなんてまったくなかったし。

 でも、寂しさよりもウォルガーの幸せを望む気持ちの方が強い。
 できれば好きな人と両想いになってほしいなぁと思う。
 学園の生徒かどうか尋ねようとすると、伏せていたアイザックのまぶたが上がり綺麗な海色の瞳と視線が交わった。

「悪い。うるさかったな」
「ごめんね。起こしちゃったわ」
「いや、ふたりじゃない。誰かこっちに来る」
「え?」
 私とウォルガーが耳をすます。
 たしかに駆けてくる足音が近づいてくるのに気づく。なにか叫んでいるようで、女性の声が聞こえる。

 あれ……? この声って……。