本来彼は知らない話だ。
どうしてそれを夢にみたかまではわからない。
業を煮やした神々のいたずらかもしれないし、本当になにかのきっかけでふと流れ込んできたいわば手違いかもしれない。
ルネとしての自分、アリスタとしての私。逆転した主従。交わされた約束。でもそれがなんだというのだろう。
「どれだけ君を愛しく思っても、それがなにかの呪いなのではと、そんな約束をしたせいで君を縛る呪いのようなものがあったらと思うと耐えられなかった。目が覚めた私の寝所は水でもこぼしたようなありさまで……いてもたってもいられなかった」
「つまり、私を嫌いになったりしたわけではないのですね」
「そんなわけないだろう!……ただ、怖い。愛する女王を目の前で殺されたのだ。愛する人を守れずに死んだ感覚を味わった。王家に輿入れするのであればクロエにもそういう危険が付いて回るだろう。私は騎士ではない、すぐに君を守れない。私とともにして、君が死ぬ未来など考えたくもない。たとえそれがどんなに深い夢でしかなかったとしても」
王太子がなにをおっしゃいますやら。
夢に見たから婚約を白紙にと言われてはいそうですかといえる程度であれば最初からもっともっと嫌な顔をして殿下に会いに行っていったでしょう。
そもそも私はあなたに会うためだけに生きてきたのですよとそんなこと言っても伝わらないか。それこそ夢のような話ではないか、どうしてそんな言い分が通じようか。
ルネ。いいえ、リシャール殿下。
私はもうずっとずっと長いことあなたの隣で生きるためだけにこうして生きてきたのですよ。
「夢を見ました」
「夢?」
「私の前世は某国のの女王アリスタで、神々によって再度命を吹き込まれ、幸せに生きるためにクロエになったのです」
「……」
「私の幸せは殿下の隣にございます、どうか、どうか、その悲しい夢とご自身を重ね合わせないでくださいませ。こうして私はあなた様の目の前にいるではありませんか」