田宮さんのそこからの行動は素早かった。

私が両親に連絡をして居所を確認すると、実際はどこかに隠れているわけでもなく、家に止まっていたことがわかって、早速S Pをその場で手配。


「誰だお前は!」
「私ですか?通りすがりの弁護士です。」


乗り込んできていた輩に、真崎先生が法律の観点から対応。

その間に田宮さんは、うちの両親とちゃぶ台を囲み座ると穏やかに話し始める。


「僕は…東京に事務所を構えて仕事をしているウェブデザイナーです。」


そうだったのか。それで中田さんは「デザイナー兼補助」と言ったんだ。あの時職業を確認するのは怪しまれるからと思って、結局田宮さんのこと何も確認できていなかったからな。

…でも待って?
“ウェッブデザイナー田宮凪斗”…どこかでこの字面を見た気がする。
確か会社で、パートナーの依田さんが…


「因みに、私は美花さんよりも5歳ほど年上です。」


え?!5歳も上だったの?!田宮さん。


辿っていた記憶は、田宮さんの年齢の話題ですっかり吹っ飛ぶ。その位歳の差に衝撃が。
私は28歳だって身の上話をする時に言った気がするけれど。
田宮さん、33歳だったんだ。年上かなとは思っていたけれど、顔が端正な童顔だから年齢不詳な感じではあったのよね…。

心の中で、なるほどと思っている私を他所に、両親は何が何だかと混乱している。

まあ…ボンボンに追われているはずの娘が、突然、S Pと弁護士を従えた品の良いイケメンを連れて現れたのだから、至極当然の反応と言えるけれど。


「美花さんと出会ったのは最近ですが…どうしても美花さんと結婚がしたい。
僕は、美花さんをこれから先、守り通します。」


それでも、“幸せにします”じゃなく、“守り通す”というセリフも、嘘では無いから、両親の心に響いたのだと思う。藁にもすがる思いだった両親は、涙ながらに「ありがとうございます」と感謝と歓喜を表す。


…こんな風に両親が安心した顔で笑ったのを見たのはいつぶりだろう。それだけでもどれだけ感謝をしたら良いのかと思えるくらいに嬉しい。


「あの…本当にありがとうございます。」


八百屋を出て、乗って来た、黒のミニクーパーに乗り込もうとしていた田宮さんは、一緒に出てきてそう言った私に小首を傾げ、キュッと唇の両端をあげると微笑んだ。


「このくらい、お安い御用。美花が俺と結婚してくれるって言ってるんだから、当然っちゃあ、当然だし。」


結婚の挨拶に、S Pの手配…かなり手間だと思うんだけど。
出来る男は、この位の事は手間の内に入らないのだろうか。だとしたら、田宮さんが最も煩わしいと思っている『女性関係』って…

それほど恋愛をしてきたわけではない、しかも一般庶民の私に考えた所で田宮さんの女性関係を想像できるはずもなく。とにかく本人が『大変だ』と言うのだからそうなのだろうと納得する。


田宮さんが乗り込むのをやめてドアをもう一度閉めると、私の方へ向き直った。


「美花は、今日、実家に泊まるわけ?」
「はい…。両親とも色々話をしないといけませんし。とは言え、明後日から仕事なので、明日は自分のアパートに帰りますが。」
「アパート…ね。」


車にもたれて、腕組みをする田宮さんはそれだけで、さながら車のC Mモデルの様でピタリと様になる。


「S Pをつけているとは言え、油断するなよ。ああいう連中は意外と狡猾だから。」
「そうですか…?」


キョトンと首を傾げた私を見て、苦笑い。


「まあ…近日中に新居の手配は済ませるから。」
「え?!き、近日中にですか?」
「そりゃそうだろう。結婚するんだし…美花を何のセキュリティも無い所に住まわせておくわけにはいかないからな。」


田宮さんが、ぽんと私の頭に手を乗せ、唇の両端をキュッと上げて微笑んで見せる。


…字面絵面だけ見ると、純粋に溺愛されている感じ。
まさか誰も、これが「女性関係の為にやっている」などとは思わないだろうな。



「…美花!」


少し向こうから私を呼ぶ声がして、田宮さんと同時にそちらに視線がそちらに向く。


「武利…。」
「武利?」
「あ…私の幼なじみで…その…魚屋の息子です。」
「ああ…例の魚屋の。」


ふうんと田宮さんは、少し怪訝そうに小首を傾げた。


「帰って来てたんだ。その…無事で良かった。」


私達のもとへ到着した武利は、少しだけ視線が上の田宮さんに軽く会釈する。


「美花…この人は…」
「あ…えっと…」
「…田宮凪斗です。よろしくお願いします。」
「俺は、坂巻武利です。美花とは幼なじみで…」
「そうなんですね。」


穏やかに相槌を打った田宮さんに武利は少し顔を曇らせ、苦笑い。


「…俺の話、美花から聞いていないですか?俺達、結構昔からの付き合いなんですけど。今でも、こうやって仲良いし。話してないの?結婚するほど付き合ってるのに。」


見透かされている様な気がして、気持ちが焦ったからだろうか、武利の切れ長の目の奥の瞳がキラリと少し光って見えた。


「そ、それは…」
「お互い、イイ大人ですからね。思い出を頭に浮かべ話すタイミングが無かっただけでしょう。」


私が誤魔化そうとした横で、田宮さんがすらりとそう言い、また私の方を向きポンとその手を私の頭に置いた。


「…美花。とりあえずの荷物だけ纏めとけばいい。後は全部引っ越し屋にやらせるから。美花自身はまた明日迎えに来るよ。」


…え?あ、明日また?
S Pも付けているし大丈夫だと思うけどな。


「た、田宮さん…お忙しいから…」
「美花を迎えに来るよりも重要な仕事なんてないから。」


穏やかに微笑むと、ミニクーパーに乗り込む田宮さん。その走り去っていくのを見送りながら、ふうと少しため息をついた。