「…離してください。」
「……それは出来ない。」
「ど、どうして…」
「今、凄い事を期待してるから。」


……凄いことを期待??


不意に両手首を押さえていた手の力が抜け、代わりに体を抱き寄せられる。


「………美花をここに閉じ込めて独り占めしたい。」


は、はい?!
ま、また…どこぞの溺愛系少女漫画のセリフみたいなことをサラッと…。


「た、田宮さん?!あ、あの…んんっ」


唇を強く塞がれて、息をつく暇を失う。今までの軽いキスとは違う、強引で深い口付けに思わずギュッと田宮さんのシャツを握り締めた。


「…美花は?俺が嫌いになった?」
「そ、そんなこと…」


おでこをつけられたまま、息を整えるけれど、それも束の間。今度は、首筋に唇をくっつける田宮さん。


「た、田宮さん…っ」

「じゃあ…出ていかないと約束する?」

「わ、わかりました…から…」


困り顔の私をよそに、田宮さんはふわっと嬉しそうに笑う。
その幼さ纏う柔らかい表情に、キュウッと心臓が音を立てて掴まれた感じを覚えた。


「信用して良いの?」
「…できませんか?」
「どうだろうな。美花は逃げ出すのが上手いから。」
「あれは…田宮さんが偶然居合わせたから、逃げられたので、私が逃げるのが上手かったわけでは…。」
「そうかな。美花なら何とか逃げ切ったと思うけど。」


腰を抱き直されて、より引き寄せられる。


「逃げません…。」
「でも、出て行こうとした。」
「そ、それは…そうですけど。」
「俺が反対したことで、余計に逃げようと思っただろ。」


すっかり疑いをかけられてしまったけれど、そこは仕方ない。出会いが『逃げる』ことから始まっているわけだし。


「…逃げたら困るし、今日は一晩中見張っとくか。」


…いや、ちょっとそれにしても必死過ぎやしませんか?


「よっ」と軽快な田宮さんの掛け声とともに、私の体がふわりと縦に浮く。


待って?!私…持ち上げられた?!
しかも、そこいら辺のちょっと重い荷物を肩に置くがごとく…ごく自然にヒョイっと。
田宮さん…どちらかというとモデル体系で、マッチョなイメージは無いのに。力持ちなんですね…

…ってそこに感心している場合じゃなくて。一体私はどこに運ばれるの?


「あ、あわわわ…」


よく、漫画などで、気の強い主人公が、こういう運ばれ方をして「離して!」って暴れて…「落ちるぞ、暴れるな!」とか言われて…みたいなラブコメを見たけれど、いざ自分がされてみると、とてもこの高さで暴れる気にはなれない。
実際落ちたら絶対痛いだろうし、現実には暴れれば、簡単に落ちそうだし。

やっぱり私にヒロインは務まらないのだと痛感しながらも、一体私はどこに運ばれるのかと恐々としながら、身を委ねて行った先。
開いた扉の先は、田宮さんの自室だった。


…初めて入った。


お互いの自室には今までお互い入らなかった。暗黙の了解というか…常識的にそういうものだと思っていたというか。
田宮さんが私の使っている部屋に入った形跡もないし、私も田宮さんのドアすら触ったことがなかったから。


ふわりと体が動いて、優しくセミダブルのベッドへと沈んだ。


「…今日はここで、一晩見張る。」


仰向けに寝かされた私に覆いかぶさる様に体を傾け、上から見下ろす田宮さん。その潤い多めのブラウンの瞳が間接照明の光で輝く。まるで天然石の琥珀の様な綺麗な煌めきに見入って動けなくなった。

瞬きもしない私の髪を田宮さんの指が優しく撫でる。形の良い薄めの唇が近づいて、私の唇を啄み始めた。


何度も、何度も角度を変えてされるそれに息苦しさを覚える。


「んっ…った、田宮さっ…」


スカートの上から田宮さんの指先が這う様に太ももを撫でる。


ま、待って…これで抱かれでもしたら、私…本当に…


戸惑いながらも、甘いキスと優しく触れる指先に翻弄されて、どう拒んで良いのかわからなくなる。

そもそも、拒みたいのかもわからない。
このまま抱かれて…田宮さんに堕ちてしまって、傷ついて。それでも私は、ここでの生活を続けて行きたいと思うのだろうか。


…結局。


「……っ」
「美花…可愛い。」


そのまま、田宮さんのペースに飲まれて身を委ね翻弄されたまま身も心も田宮さんでいっぱいになって、後先のことなんて考えられ無くなって…その腕の中で果てた。