人間、修羅場を潜って来ていると諦めやら、線引きやら…覚悟やら。そう言うものの決断が早くなるものなんだと勝手に思いながら、意を決して田宮さんの元へと帰る。



「ああ、もうバレたの?最近は画像に顔が出ることもあんまり無いから案外うまくいくかもしれないって思ってたのに。」


「そうか…榊さんね。なるほど。」と楽しそうにチーズをパクリ…な田宮さんだけど。


「あ、あの…ご、ご存じ…で…」

「うん。あの人達、そう言うサプライズみたいなのが好きでさ。突然やり出すから大変なんだよ。熱中症だって演技だったらしいよ。美花の反応が見たかったんだって。試すような事してね。美花に会う資格無いって俺が会いたがってるのストップしてた。」


…と、言うことは、あの日は真崎先生は偶然スーパーにいらっしゃったのではなく、私を探して……ってそれは良いとして。


「ストップって…田宮さんがですか?」
「当然だろ?美花に『嘘をつく』なんてさ。失礼極まりない。なーにが『美しき日本人』なんだか。」


田宮さんは「ったく…」とため息を出しながら赤ワインをまたクイッと口に含んだけれど。


…私は、あの時、本当に具合が悪そうに見えたけれど。
迫真の演技だったのかな。それはそれで凄い人達なのではないかと思う。

どちらにしても、どうしてか、種明かしをされた今、大人のお茶目な悪戯くらいなものであって、嫌悪感は皆無だ。

それは恐らく…ここにいらした時のお二人がとても品よく、そして私を丁寧に扱ってくださっていたからではないだろうか。

帰り際、私の手を取り微笑んだ奥様を浮かべた。


「…田宮さん、もしご迷惑でなければお会いしたいです。」

「はっ?!良いよ。それでなくても、美花に会いたいってうるさいんだから。そのうち我慢できなくなって、会いに来るだろうから。…まあ、もうここには入れないけどね。」

「…それで、ここには人を入れないと約束を?」

「いや?それはまた別の話」


コトンと静かにワイングラスを置くと、キッチンで野菜を切っていた私の横にやってくる。指で私の髪を掬うと、そのまま手を後頭部まで回す。体をかがめ、ふわりと唇同士をくっつけた。


「…俺以外の男がこの部屋で美花と過ごしたのが嫌だっただけ。」


だけって……だって、あの時は…


「お、お義父様と真崎先生…」

「それでも嫌なもんは嫌なんだよ。」


コツンとおでこ同士をくっつけられたことで、その吐息が唇にかかる。


「…美花は俺の奥さんでしょ?」

「そ、そうですけど…」


…それはだって“契約”があるから。

吐息を拒むがごとく、キュッと唇を噛み締め、それから手で少し田宮さんの胸元を押した。


「…美花?」
「…っ田宮さん。そんなに私を甘やかさないでください。わ、私は…“便宜上の奥さん“なんですよ?」
「ああ…それはわかってる。」


躊躇いなく、さらりと言われ、ズキリと気持ちが痛む自分に、『ああ…やっぱりか』と呆れた。



私は…確実にこの人に惹かれている。



「…別居させてください。」
「はっ?!絶対許さないけど。」
「田宮さんが許さなくても、ダメです!私は出ていきます!」


これ以上…ここに居たら私は、田宮さんに堕ちきって這い上がれなくなる。田宮さんは…ただ同居する以上は円満にそして、“大人の親しさ“を楽しみたいだけなのに。

こんなに気持ちの相違があっては、上手くいかずに田宮さんに迷惑をかけてしまうに決まっているから。


「美花?落ち着けって…何が…」

「何がって…だって…」


両手首を捕らえられ、真正面で向かい合う。じわりと瞼が熱くなって、唇の端に力が入り、への字なる。


…きっと今。私はしてはいけない表情をしている。田宮さんが「面倒くさい」と思う女の顔を。

ああ…もう。最悪だ。