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「…最近、クマが出来てるわね。きちんと睡眠とってるの?」
結婚式を1ヶ月後に控えた週末。
私の肌を施術しながら、と呆れた様に目を細めため息をついた。
それに「いえ…」と答える。
「覇気がなさすぎるわよ。結婚式まで後1ヶ月なのに。ここに来てガソリン切れって、だらしないにも程があるわよ。全く…。」
…おっしゃる通りだとは思います。
田宮さんが“綺麗”だと思ってくれる様、努力をして来た。そこは間違いないけれど。ちょっと最近、どうしたもんかと違う意味で悩み、体力を消耗している。
…原因は間違いなく、私の心の持ち用なのだとわかっている。
フットマッサージを受けながら、うーん、と目蓋を伏せ、息を吐いた。
『明日から毎日帰る』
そう宣言した田宮さんは、本当にほぼ毎日帰って来る様になった。
もちろん、仕事の忙しい方なので、出張も多いから帰らない日もあるけれど、自宅に居る時間はとても長くなった様に思う。
そして、自宅に居る時は「共同生活だろ」と掃除も交代でやってくれるし、食事も作ってくれて、ほっぺたが落ちるほど美味しいものが出てくる。
一緒にお酒を飲むことも増えて、他愛もない話をよくする様にもなった。
田宮さんは、雑学からゴシップまで、本当によく物事を知っていて、それをおもしろおかしく教えてくれるから、聞いていて飽きない。そして、私の野菜談議も熱心に、そして楽しそうに聞いてくれる。
一緒に居て、何とも居心地の良い空間。
別に趣味が合うとかではないけれど、気が合うのかもしれないと嬉しかった。
…の、だけれど。
「美花は、本当に野菜の扱いが上手いよな。」
「そ、そう…ですか?」
カウンター越しに話すならまだわかる。
何故、私は腰を抱かれながら、野菜を切っているんでしょうか。
「あ、あの…」
「ん?」
「こんなに至近距離で見られていると、緊張して手元がくるいます。」
「そ?」
私が田宮さんを見上げ、視線がぶつかると柔らかく微笑んで、それから顔を近づけてふわりとキスをする。
「美花の好きなカマンベールチーズ、買って来たけど、食べる?」
「は、はい…」
「じゃあ、出しとく。」
私の頭を撫でて離れていく田宮さんに気が付かれないよう、ホッとため息を吐き出す。
…あの品の良いご夫婦と出会った日から、こんな感じのやり取りが一日一回はあって。
多分…田宮さんにとってはある程度親しい女性とのやり取りとして普通なのかもしれないけれど。なるほど、これはトラブルに発展する可能性は高いとしみじみ思った。
私の場合は、入りから『人タラシ』の印象があったし、『契約結婚』という前提がある。だから何とか踏みとどまっているけれど、最初から田宮さんに好意を持って親しくなりたいと願った女性であれば、すぐに取り込まれると思う(言い方が悪い)。
「まあ、肌の調子は良いから…いやねえ。凪斗とうまくいってるから寝不足って事?」
榊さんは、「新婚ボケは結婚式が滞りなく終わったらにしなさい!」なんて言ったけれど。
新婚ボケできる環境にない私にとって、今の状況をどう解釈し、対応したら良いのか。
田宮さんにとって、“契約”であり、恋愛感情はそこにない、気楽な相手。だからこそ、親しい相手として認定されているわけで。
田宮さんを知って、人間的に惹かれても、恋愛感情なんて抱いてはいけないと、わかっているけれど…。果たしてとどまれるのか。
「……。」
もしかしたら、今、私は岐路に立たされているのかもしれない。
もし、私が好意を示したら、田宮さんはもう契約を破棄してしまう。それでも気持ちがこれ以上動かないうちに、全てを話してしまうのか、このまま秘め、田宮さんと時間を過ごすのか。
『美花』
私の頰を撫でる田宮さんの指先と柔らかな笑顔がふわりと浮かぶ。
…田宮さんと過ごしてもうすぐ5ヶ月になる。
その前の一年くらいは、借金取りに実家を荒らされ、実家事と仕事の両立で気持ち的にも追い詰められていたから。平穏で、安心で…楽しい毎日を手放す事なんて今更私に出来るわけがない。
ぬる湯に浸かってしまったと言われたらそうかもしれないけれど、田宮さんと居る空間はとても居心地が良いから。
やっぱり無理だよね、今更、「この契約はなしで」とするのは。
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「…最近、クマが出来てるわね。きちんと睡眠とってるの?」
結婚式を1ヶ月後に控えた週末。
私の肌を施術しながら、と呆れた様に目を細めため息をついた。
それに「いえ…」と答える。
「覇気がなさすぎるわよ。結婚式まで後1ヶ月なのに。ここに来てガソリン切れって、だらしないにも程があるわよ。全く…。」
…おっしゃる通りだとは思います。
田宮さんが“綺麗”だと思ってくれる様、努力をして来た。そこは間違いないけれど。ちょっと最近、どうしたもんかと違う意味で悩み、体力を消耗している。
…原因は間違いなく、私の心の持ち用なのだとわかっている。
フットマッサージを受けながら、うーん、と目蓋を伏せ、息を吐いた。
『明日から毎日帰る』
そう宣言した田宮さんは、本当にほぼ毎日帰って来る様になった。
もちろん、仕事の忙しい方なので、出張も多いから帰らない日もあるけれど、自宅に居る時間はとても長くなった様に思う。
そして、自宅に居る時は「共同生活だろ」と掃除も交代でやってくれるし、食事も作ってくれて、ほっぺたが落ちるほど美味しいものが出てくる。
一緒にお酒を飲むことも増えて、他愛もない話をよくする様にもなった。
田宮さんは、雑学からゴシップまで、本当によく物事を知っていて、それをおもしろおかしく教えてくれるから、聞いていて飽きない。そして、私の野菜談議も熱心に、そして楽しそうに聞いてくれる。
一緒に居て、何とも居心地の良い空間。
別に趣味が合うとかではないけれど、気が合うのかもしれないと嬉しかった。
…の、だけれど。
「美花は、本当に野菜の扱いが上手いよな。」
「そ、そう…ですか?」
カウンター越しに話すならまだわかる。
何故、私は腰を抱かれながら、野菜を切っているんでしょうか。
「あ、あの…」
「ん?」
「こんなに至近距離で見られていると、緊張して手元がくるいます。」
「そ?」
私が田宮さんを見上げ、視線がぶつかると柔らかく微笑んで、それから顔を近づけてふわりとキスをする。
「美花の好きなカマンベールチーズ、買って来たけど、食べる?」
「は、はい…」
「じゃあ、出しとく。」
私の頭を撫でて離れていく田宮さんに気が付かれないよう、ホッとため息を吐き出す。
…あの品の良いご夫婦と出会った日から、こんな感じのやり取りが一日一回はあって。
多分…田宮さんにとってはある程度親しい女性とのやり取りとして普通なのかもしれないけれど。なるほど、これはトラブルに発展する可能性は高いとしみじみ思った。
私の場合は、入りから『人タラシ』の印象があったし、『契約結婚』という前提がある。だから何とか踏みとどまっているけれど、最初から田宮さんに好意を持って親しくなりたいと願った女性であれば、すぐに取り込まれると思う(言い方が悪い)。
「まあ、肌の調子は良いから…いやねえ。凪斗とうまくいってるから寝不足って事?」
榊さんは、「新婚ボケは結婚式が滞りなく終わったらにしなさい!」なんて言ったけれど。
新婚ボケできる環境にない私にとって、今の状況をどう解釈し、対応したら良いのか。
田宮さんにとって、“契約”であり、恋愛感情はそこにない、気楽な相手。だからこそ、親しい相手として認定されているわけで。
田宮さんを知って、人間的に惹かれても、恋愛感情なんて抱いてはいけないと、わかっているけれど…。果たしてとどまれるのか。
「……。」
もしかしたら、今、私は岐路に立たされているのかもしれない。
もし、私が好意を示したら、田宮さんはもう契約を破棄してしまう。それでも気持ちがこれ以上動かないうちに、全てを話してしまうのか、このまま秘め、田宮さんと時間を過ごすのか。
『美花』
私の頰を撫でる田宮さんの指先と柔らかな笑顔がふわりと浮かぶ。
…田宮さんと過ごしてもうすぐ5ヶ月になる。
その前の一年くらいは、借金取りに実家を荒らされ、実家事と仕事の両立で気持ち的にも追い詰められていたから。平穏で、安心で…楽しい毎日を手放す事なんて今更私に出来るわけがない。
ぬる湯に浸かってしまったと言われたらそうかもしれないけれど、田宮さんと居る空間はとても居心地が良いから。
やっぱり無理だよね、今更、「この契約はなしで」とするのは。
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