小首を少し傾げた私に、はっはっはとご主人が機嫌よく笑う。
どうやら、すっかり体調は良くなった様だ。


「いや、何とも気持ちの良いお嬢さんだ。」

「あなた…。すみません、変な事を言ってしまって。」


上機嫌のご主人に、奥様が少し申し訳なさそうに苦笑い。
そのやり取りがとても自然で、夫婦とはこう言う物なのかもしれないと少し羨ましく感じた。

…きっと、私はこう言う仲睦まじい感じは味わえないんだろうな。


ズキリと気持ちが少し痛んで苦しくなる。

そんな自分に苦笑い。


何贅沢な事を考えているんだか。

安全と安心をくれて、自由もある。
これ以上望んでどうするの。


そんな事よりも、少しでも田宮さんに相応しい女性になる努力をしないと。



「そういえば…先ほど買われた野菜で何をお作りになる予定だったのですか?」


真崎先生が、また一口美味しそうにハーブティーを口に含む。

真崎先生もとても上品に飲む人だなと思う。初めてお会いした時にいれたコーヒーもとても美味しそうに、味と香りを味わいながら飲んでくれていた。

「…美花さん?」
「あ、いえ…。」

…しまった。つい、綺麗な所作に見惚れてしまった。


「今日は、夏野菜のラタトゥユを作ろうかと思っていました。後は…付け合わせにパンを焼こうかと。」

「まあ、素敵ですね。」


奥様が目を少し輝かせる。


「美花さんは、お料理がお得意なの?」

「いえ…ただ作物に詳しいと言うだけで…」

「素材の味を生かせる料理を作ることができるなんて、さすがは美花さんですね。」


真崎先生…ニッコリ笑いながら、もしかして、流れを作っていませんか?「もし良かったら召し上がって行きませんか?」的な。


「これだけハーブティーを上手に入れられるお嬢さんだ。さぞかし美味しいのだろうな。」
「そうね。」


…ほら、何だかこれはもう、「良かったら」の雰囲気じゃないですか。


かくして、今日お会いしたばかりのとてもお上品なご夫婦に、しがない八百屋仕込みのラタトゥユとテーブルロールをお出しする羽目となった。

けれども、さすがは超一流の素材達。

私が料理をしても、今までで一番と言っても過言ではないくらい、それはそれは美味しいラタトゥユとデーブルロールが出来上がり、一緒に買って来たベビーリーフのサラダも軽く水を切ると、ふんわりボウルに収まって見栄えも悪くないほど新鮮。


やっぱり…きちんと育てられた高級野菜は違うな…。

急な来客に対応出来るレベルに育ててくれた農家の方に、尊敬と感謝の念でいっぱいになりながら、レジデンスの外までご夫婦と真崎先生をお送りする。


あたりはすっかり暗くなり、ベリーズビレッジ内の街灯と病院、オフィスタワーの灯が煌めいて見える。
吹いてくる生暖かい風に少しだけ涼しさを感じた。


「美花さん、今日は本当にありがとうございました。」
「いえ…私の方こそ、思いがけず楽しい時間を過ごす事が出来て感謝しております。」


奥様がそう答えた私の手をとりフッと頰を緩ませる。


「…今日は何もお土産もなくお部屋まで押しかけてしまってごめんなさいね。次にお会いするときはきちんと今日のお礼もさせていただきます。」

「そ、そんな…お構いなく。」


今度いらっしゃる時も手ぶらで…なんてお見送りしたけれど、よく考えたらどこのどなたなのか全く知らないままだった。奥様の雰囲気なのか、ご主人の世界各地の旅行の話が面白かったのか…真崎先生もいらっしゃったから余計に安心してしまったのか、そこら辺を聞かなかった。

でもまあ…体調が良くなって良かった。