「あら。中田っちの紹介だから、どんな方がお見えかと思ったら。ずいぶん野暮ったい子が現れたわねえ。」
ハスキーボイスとでも言うべきだろうか。
小首を傾げて入ってきたショートボブの黒髪をしていて、着物をまとっている。
口元の黒子がやけに色っぽさを放っていて、所作もとても綺麗だった。
エントランスのソファで緊張気味に座る私の隣に、ストンと腰を下ろす。
「…聞いたわよ。あなた、凪斗の嫁になるんですって?」
「は、はい…。」
「それで?」
「そ、それで…」
「そうよ。何しにここに来たの?って話よ。」
「そ、それは…」
…どう話をしたら良いのだろうか。中田さんのご紹介ではあるけれど。それまでの経緯はどう話せば。
と言うか、この人に話さないといけないのだろうか。
困り押し黙った私に、ふうと呆れた様にため息をつく。
「…あなたは知らないかもしれないけれど、ここは、このベリーズビレッジの住人やオフィス、病院に出入りする方々が美と癒しを追求するために利用してくださる所なの。浮ついた軽い気持ちで、中田っちの紹介だからって来られてもね。」
…それは、どことなく感じ取っていた。
レジデンスとオフィスタワーは目と鼻の先とはいえ、道すがら会う人も、ビルの中に入ってから出会った人達も皆、どこか品がよく洗練されている気がする人達ばかり。
一応…覚悟して自分なりに品の良い格好やメイクをしてきたつもりだけれど、それでも場違いな気がしていたたまれなかった。
…だけど。
浮ついた気持ちなんかじゃない。
不意に頭の上に乗った田宮さんの掌の重みを思い出す。
『楽しみにしてる』
そうだよ。私は、田宮さんの隣に相応しい女性になっていかなければいけない。
例え、契約上の夫婦であっても、その努力を怠ってはいけない。
それが私が田宮さんに出来る、恩返しだから。
「…綺麗になりたいです。もちろん、一朝一夕で綺麗になれるなんて思っていません。けれど、田宮さんの隣に立つからには、田宮さんに恥をかかせるわけにはいきません。」
「……。」
穏やかな笑みを浮かべていたその人は、私の言葉にスッと笑顔が消える。
「…ねえ。」
「は、はい…。」
「私を見てどう思う?」
突然の質問に、少し戸惑ったけれど。緑がかった瞳の鋭い眼光に誤魔化して上辺だけの会話をしてもすぐに見抜かれると思った。
「…品がよく、歩くの一つでも綺麗だと思いました。私も先日着物を着る機会がありましたが、着物は洋服の時よりも注意して歩かないとすぐに着崩れしてしまう。本当に大変でしたので、そう思いました。雰囲気はとても妖艶で、後はその…少し声がハスキーかな…と。」
目が見開いて、少しだけおどろいた表情をしたけれど、すぐにクッと笑う。
「…なるほど。大したタマね。さすがはあの田宮凪斗に結婚を決意させただけはあるって所かしら。」
キョトンと首を傾げると、「あら、知らないの?」と意外そうな顔をするその人。
「凪斗はね、女性に…と言うより、人当たりが本当に良いから。そりゃあ、世の女性みんな放って置かないわけ。引く手数多なのよ。」
それは…中田さんや真崎先生から聞いているけど。
そして、本人からも。
だから私は結婚して貰えるわけだし。
「このベリーズビレッジにだって、凪斗を想っている女はかなり居ると思うわよ。それこそ…令嬢だの、モデルだの。社交界にデビューしているであろう人達の中にも。
そんな人達を差し置いて、あなたが結婚するわけだもの。何かあるとは思ったけれど…」
…はい、物凄く訳ありです。
と言うか、本人、中田さん、真崎先生、そしてエステのオーナーの話を聞く限り、訳ありじゃなければ、私が選ばれるいわれは一つもないと思う。
「あなたのその話ぶりで少し分かったわ。」
私の話ぶり…?
また小首をかしげる。私に、オーナーは今までは見せなかった穏やかな笑顔になる。
そのまま、静かに立ち上がると改めて私の前に立ち、丁寧にお辞儀をした。
「いらっしゃいませ。この度は、我がロイヤルサロン『ベリーズ』をご利用いただきありがとうございます。橘様の美と癒しの追求をお手伝いさせていただきますので、よろしくお願いいたします。申し遅れました、私、オーナーの榊と申します。」
あまりに綺麗なその所作に私も慌てて立ち上がる。
「あ、あの…よろしくお願いします!」
そのまま、勢いよくお辞儀をした私の手を取るとニッコリと笑う榊さん。
「大丈夫よ?私は、プロですから。どんなに芋娘でも、磨き上げてあげるわ!」
芋娘……。
「さっ!始めるわよ、芋娘!」
「は、はい!」
…私の良さを『少しわかる』と言ったのは気のせいだったのだろうか。
まあ…でも。
「まずは、背中ね。何よ、この汚い背中は肌に失礼よ。と言うか背骨も曲がってるじゃない。骨にも失礼だわ!」
そう言いながら、私の身体をチェックしていく榊さんは、どこか真剣でどこか楽しげで。
頼もしい人だと感じられたから。この人についていこうと、覚悟を決めた。
絶対に…『綺麗』な花嫁になる。
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ハスキーボイスとでも言うべきだろうか。
小首を傾げて入ってきたショートボブの黒髪をしていて、着物をまとっている。
口元の黒子がやけに色っぽさを放っていて、所作もとても綺麗だった。
エントランスのソファで緊張気味に座る私の隣に、ストンと腰を下ろす。
「…聞いたわよ。あなた、凪斗の嫁になるんですって?」
「は、はい…。」
「それで?」
「そ、それで…」
「そうよ。何しにここに来たの?って話よ。」
「そ、それは…」
…どう話をしたら良いのだろうか。中田さんのご紹介ではあるけれど。それまでの経緯はどう話せば。
と言うか、この人に話さないといけないのだろうか。
困り押し黙った私に、ふうと呆れた様にため息をつく。
「…あなたは知らないかもしれないけれど、ここは、このベリーズビレッジの住人やオフィス、病院に出入りする方々が美と癒しを追求するために利用してくださる所なの。浮ついた軽い気持ちで、中田っちの紹介だからって来られてもね。」
…それは、どことなく感じ取っていた。
レジデンスとオフィスタワーは目と鼻の先とはいえ、道すがら会う人も、ビルの中に入ってから出会った人達も皆、どこか品がよく洗練されている気がする人達ばかり。
一応…覚悟して自分なりに品の良い格好やメイクをしてきたつもりだけれど、それでも場違いな気がしていたたまれなかった。
…だけど。
浮ついた気持ちなんかじゃない。
不意に頭の上に乗った田宮さんの掌の重みを思い出す。
『楽しみにしてる』
そうだよ。私は、田宮さんの隣に相応しい女性になっていかなければいけない。
例え、契約上の夫婦であっても、その努力を怠ってはいけない。
それが私が田宮さんに出来る、恩返しだから。
「…綺麗になりたいです。もちろん、一朝一夕で綺麗になれるなんて思っていません。けれど、田宮さんの隣に立つからには、田宮さんに恥をかかせるわけにはいきません。」
「……。」
穏やかな笑みを浮かべていたその人は、私の言葉にスッと笑顔が消える。
「…ねえ。」
「は、はい…。」
「私を見てどう思う?」
突然の質問に、少し戸惑ったけれど。緑がかった瞳の鋭い眼光に誤魔化して上辺だけの会話をしてもすぐに見抜かれると思った。
「…品がよく、歩くの一つでも綺麗だと思いました。私も先日着物を着る機会がありましたが、着物は洋服の時よりも注意して歩かないとすぐに着崩れしてしまう。本当に大変でしたので、そう思いました。雰囲気はとても妖艶で、後はその…少し声がハスキーかな…と。」
目が見開いて、少しだけおどろいた表情をしたけれど、すぐにクッと笑う。
「…なるほど。大したタマね。さすがはあの田宮凪斗に結婚を決意させただけはあるって所かしら。」
キョトンと首を傾げると、「あら、知らないの?」と意外そうな顔をするその人。
「凪斗はね、女性に…と言うより、人当たりが本当に良いから。そりゃあ、世の女性みんな放って置かないわけ。引く手数多なのよ。」
それは…中田さんや真崎先生から聞いているけど。
そして、本人からも。
だから私は結婚して貰えるわけだし。
「このベリーズビレッジにだって、凪斗を想っている女はかなり居ると思うわよ。それこそ…令嬢だの、モデルだの。社交界にデビューしているであろう人達の中にも。
そんな人達を差し置いて、あなたが結婚するわけだもの。何かあるとは思ったけれど…」
…はい、物凄く訳ありです。
と言うか、本人、中田さん、真崎先生、そしてエステのオーナーの話を聞く限り、訳ありじゃなければ、私が選ばれるいわれは一つもないと思う。
「あなたのその話ぶりで少し分かったわ。」
私の話ぶり…?
また小首をかしげる。私に、オーナーは今までは見せなかった穏やかな笑顔になる。
そのまま、静かに立ち上がると改めて私の前に立ち、丁寧にお辞儀をした。
「いらっしゃいませ。この度は、我がロイヤルサロン『ベリーズ』をご利用いただきありがとうございます。橘様の美と癒しの追求をお手伝いさせていただきますので、よろしくお願いいたします。申し遅れました、私、オーナーの榊と申します。」
あまりに綺麗なその所作に私も慌てて立ち上がる。
「あ、あの…よろしくお願いします!」
そのまま、勢いよくお辞儀をした私の手を取るとニッコリと笑う榊さん。
「大丈夫よ?私は、プロですから。どんなに芋娘でも、磨き上げてあげるわ!」
芋娘……。
「さっ!始めるわよ、芋娘!」
「は、はい!」
…私の良さを『少しわかる』と言ったのは気のせいだったのだろうか。
まあ…でも。
「まずは、背中ね。何よ、この汚い背中は肌に失礼よ。と言うか背骨も曲がってるじゃない。骨にも失礼だわ!」
そう言いながら、私の身体をチェックしていく榊さんは、どこか真剣でどこか楽しげで。
頼もしい人だと感じられたから。この人についていこうと、覚悟を決めた。
絶対に…『綺麗』な花嫁になる。
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