改めて田宮さんの扱いに感謝をしながら、立ち寄った自分のアパート。ドアを開けた瞬間、どことなく家の中に違和感を感じた。


「…どうした?美花。」


後に立っていた田宮さんが不思議そうに小首をかしげる。


特に荒らされた、とかではないけれど。何かが…違う。


警戒しながら中へと入り、見渡すと微妙だけれどノートパソコンの位置がズレている気がした。
気のせい…かな。昨日の今日であのボンボンが住所を特定してここに侵入したとか…。いや、でもあのボンボンなら、侵入するならもっと部屋を荒らす気がする。


「美花?」


立ち尽くしている私を心配して田宮さんが再び呼んだ。けれど私の顔色で何かを察したらしい。私の隣から離れ無言で部屋全体を見渡すと、私の耳に唇を寄せる。


「…とりあえず、世間話をしながら、カバンに荷物を詰めるんだ。ここに居ない方が良さそうだよ。P Cは持って行こう。診てもらうアテがある。」


P Cを…診てもらう?

どういうことだろうか。まさか…侵入した誰かが居て、私のパソコンに何かを仕込んだとか、中身を見たとか…そういう類のこと?
でもな…さっきも考えたけど、どう考えてもあのボンボンにそんな芸当できそうもない。
じゃあ、一体誰が…?


言われた通り、田宮さんと他愛もない世間話を絶え間なく行う。

昨日出会ったばかりの二人だけれど、田宮さんの話術はさすが。


「美花、丁度知り合いでも結婚する人が居てね。お祝いに花をプレゼントしたいと思っている。後、そいつの奥さんがハーブを育ててみたいと言っているらしくてね。相談に乗れる?」
「はい…母の方がハーブは詳しいけれど、私も少しなら。花はどのくらいの大きさと予算にされるんですか?新居に飾るとなると、鉢植えもありですよね。」
「美花は、花もハーブも詳しいんだから、さすがだな。」
「そこそこです…」
「そう言えば、新潟の方で…」
「ああ、それって!」

途切れる間を与えないほど、私の返答から話を無限に膨らませていく。しかも、違和感がまるで無い。
おかげで、緊張感を持ちながらも、30分ほどでスーツケースに洋服と日常生活用品を詰める事ができた。


“行こうか。まずは、P Cを診てもらう”


田宮さんが、スマホ画面に表示する。それに頷いた。










“腕利きの奴が知り合いに居る。今から行くと連絡を入れておいた。”


そう田宮さんがスマホで表示してくれて、行った先。
横浜桜木町の三日月型ホテルのラウンンジ。


「田宮さん。ご無沙汰しています。」


ジャケットの中はTシャツを比較的ラフな格好をした男性。田宮さんよりも少しばかり背が高くて、体格も良い、筋肉質なイメージだ。パーマだろうか、天然なのだろうか、柔らかくクルクルとしてふわっとした髪、ぱっちり二重に少し大きめの口が印象的。


「どうも。S Eの高山慎一郎と言います。」


握手を求められて、恐る恐る出した手を、大きく分厚い掌がギュッと優しく包み込む。


「へー…田宮さんがねえ。結婚とは。」
「うるさいわ。そんな事より、P C頼む。」
「はいはーい。」


楽しそうに、クスクスと笑いながら、私からP Cを受け取った高山さんは、その指先をパチパチと高速で動かし始める。


「あ〜…なるほどね。」


そうする事ほんの2、3分。一旦、作業をやめてふむと少し、小首を傾げた。


「とりあえず、盗聴の類は仕込まれていないみたい。侵入された形跡もないかな。というか、開けられなかったみたいよ。開けた瞬間にウィルスを仕込むことも可能だけど、その類のウィルスは仕込まれていない。でも、しつこく何度も、何度も開けようとはしたみたい。」


…凄くないですか?この方。ほんの2〜3分パソコンをいじっただけでそこまでわかるの?
うちの会社のS Eさん達も皆さん優秀だけれど…同じ感じなのかしら。


「とりあえず、セキュリティ最大にしとく。もしかしたら、初期発見が難しいウィルスを仕込まれている可能性もあるし、そしたら発動した時点で潰す方が効率良いから。」


パチパチとまた高速でその太く丸めの大きな指が器用に動いていく。


「どの位かかりそう?」
「5分位かな。」


そんな会話を交わしてから、高山さんは本当に5分で私のパソコンをセキュリティマックスにして返してくれた。