静寂の中に、私の声が細く響いた。腕の中のSは固まったまま動かない。だからより強く抱きしめた。

Sは身を捩り、逃げる。

「……帰ろっか」

椅子に置いてあった通学カバンを手に取る。



いやだ、行かないで。



もう一度手を取れば、振り払われた。


一つ、心臓が胸を叩いて、それっきり無音になる。


「もう時間やばいよ」

背を向けたまま、ぽつりと呟いた。

「帰らないと」

カバンを肩に背負い直し、足早に歩き出す。
次こそは離すまいとぐいっと手首を引いた。抵抗をいなし、強く抱擁する。






「S」

「好きだよ」

「大好きだよ」






壊れたように好きと繰り返した。するとぐっと肩を押され、身を離す。逃げる様子ではなく、単純に苦しいようだった。でもその口は固く結んだまま何も話さない。






「……おかしいって思うよね」

「ただ好きなだけだもん」

「普通じゃないなんて決めつけて」






「L!」






Sは私の肩を掴んで、下を向いたまま声を荒らげた。言葉を遮られて、反射的に黙る。



「……お願いだから、もう……」



静かに泣いていた。大きな瞳から一筋の綺麗な涙を流して、顎から垂らす。黙って耐えていたSの涙を見て、当然のように自分も頬を濡らした。そして、優しく引き寄せる。嫌がる素振りは見せず、寧ろ私自身も引き寄せられる。

ぐずっと私の鼻が情けなく鳴った。Sは私の肩に顔をうずめ、嗚咽する。お互い枷が外れたようにとめどなく流れ出す涙は勿論溢れ続け、二人きりの教室でしばらくの間、そうしていた。



「……L、L」

「……S……好きっ……好きだよ……っ」

「っえ、L……っ好き、私も……好き……」



ふと、視線が絡むと困惑したように瞳が揺れ、自然と手を取り合う。するとSの手首に巻きつく腕時計が自分にコツンと当たり、つい、はぁ、と熱の篭った吐息を漏らした。

「……っこれ、やだ……」

私はSの肩に頭を置いて、耳元でそう呟く。Sはしゃくりあげて「ごめん」と俯いた。
片手を滑らせて腕時計を掴む。

こんなもの見たくない、付けないでほしい。

性急に、乱雑にベルトを緩め、SからNの痕跡を消す。重力の赴くまま、腕時計は確かに床に落ちた。でもそんなこと、私は勿論、Sも気にしない。その事実が嬉しくて私は顔を上げた。