水底から浮き上がるように自然と意識が浮上した。またも机に突っ伏していたみたいだ。未だ朦朧とする意識を叱咤して上体を起こす。

「あ、起こしちゃった?」

教室の扉のそばで立っているSの姿は昼間と重なるが、今のその場所は纏う雰囲気も、光景すらも違っていた。

――N。

Nは私とSを交互に見て幾ばくか逡巡したあと「じゃあ、後で連絡するね」と言い、去っていった。相槌を打つSの顔は柔らかくて、私自身、安心するような、しないような。

「ごめん、寝てたから話してた」

「……大丈夫、てか課題は?」

私は確かSが自宅に忘れてきた課題を終わらせるのを待っていたはずだ。それなのに向かいの机に勉強した痕跡はない。話していたとも言っている。

「ああ、終わったよ」

だからNと、と言ってる声を遮った。Sの口から、Nの名前は聞きたくない。そんな自分に嫌悪する。

「昼の話でしょ、どうなったの」

Sは少し驚いたような顔をしたあと、嬉しそうに笑った。多分、誰かに話したかったんだと思う。

「いやあのね、やっぱり私の勘違いだったみたい」

照れるように、というよりも濁すように笑った。そしてそのトーンのまま続ける。

浮気を疑ったのはとある電話が原因だということ。その声音があまりにも優しかったこと。別れる覚悟で聞いてみれば妹との電話だったということ。

「本当に、騒いでた私って馬鹿みたい」

また笑う。Nと話しているときの、その表情。

ああ、嫌だ。

「S」

返事も待たずにSの手を掴み、無我夢中で手繰り寄せる。特に抵抗はなくそのまま抱きしめた。華奢なSの身体はこのまま力を込め続ければ粉々になってしまいそうで、離さないように優しく抱きしめる。

「……L?」

戸惑うような、心配するような声音。この状況を考えあぐねているようだ。ゆっくりと背中に手を添える。

――その優しさが私を殺す。

「S」

「……何?」






「好き」