青い空、夏を象徴する入道雲、陽射しは厳しく照り付けて、遠くの蝉は今日も元気に鳴いている。

鳴き止んでくれれば多少は涼しいだろうに。

なんて心の中で愚痴を零した。風鈴の逆だ。蝉の声だけで気温が上がった感覚になる。いかにも夏の東京、といった感じの暑さに目が眩む。暑いのは苦手だ。

「夏」

馴染みのある声のする方に振り返れば、思った通りの人がいた。彼女は通学カバンを肩に背負い、微笑みかける。

「何?」

「Lに夏は似合わないね」

そして私の横に駆け寄って、「おはよ」とまた笑った。

「梅雨が似合うと思う。雨の匂いとか」

私より小柄な彼女は私を見上げながらクスリと笑う。

「ぺトリコールだっけ」

「なにそれ?」

「私も詳しくは知らないけど、雨の匂いのことをぺトリコールって言うんだって」

「へえ、」

蝉時雨が彼女の声をかき消した。知らなかった、とでも言ったんだろう。
信号に差し掛かり立ち止まると、より一層蝉の声の大きさが増したように感じる。

「Sは夏とか太陽って感じがするね」

「よく言われる〜」

太陽というのは、笑顔が絶えない彼女によく合っていると思う。

「じゃあ私とSは真逆だね」

「……そうだねえ」

信号機が緑色を灯し、彼女が一歩踏み出す。
私は一歩出遅れた。

――あ。

「え、す」

思わず手を伸ばす。

「ん?」

彼女は振り返り、静かに私を見つめた。微笑みを顔に貼り付けて、左手で髪の毛を耳にかける。
その手首の白い腕時計は、私を拒絶していて

「……なんでもない」

彼女の横に並んで、歩き出した。