春。それは出会いの季節。
……私にとっての出会いの季節は、とある梅雨の日であったけれど。
大学二年生。今日から大学生らしくゼミでの活動が始まる。
なんて新鮮な気持ちで家を出てみたけれど、春休みの廃人生活にすっかり慣れ切った私がこんな爽やかな気分なわけもなく。
実際は背中を丸めて、地面とお話するように最寄り駅までの道を歩いている。
ひさびさに登校する大学は知らない場所にすら思えるほど新鮮さがあった。
やはり長い春休みは、私から大学生という自覚を奪うには十分な時間だったようだ。
駅の少しの階段すら上るのに一苦労。
思えば今日久々に履いたジーパン、ちょっとキツかったな。
うん、ダイエットしよう。
新学期らしい決意を抱きつつ、初めて入るゼミの部屋の取っ手をそっと引いた。
部屋の中にいたのは一人だけ。
凛としたただずまいで文庫サイズの本を読んでいる、黒縁眼鏡の男の子。
真面目を印象付ける真っ黒な髪。恐ろしくさらさらだった。
近寄りがたい雰囲気に気圧され一瞬固まる。
彼は私を一瞥して、「どうも」とだけ言った。
ただその言葉を言うと同時に視線はまた手元に落ちている。
「ど、どうも」
なんとか返答をして入室し、入口から遠い窓側の席に座った。
こんな男の子、同じ学科にいただろうか?
私が所属する歴史学科はそんなに人もいない上に専門科目ばかり。
いつも同じメンツで受けているようなものなので、顔はなんとなく覚えてしまう。
しかし私の記憶の中にこんなに端正な顔立ちの男子はいない。
もしかしなくても先輩?
だとしたら「どうも」なんてよくなかっただろうか。
人見知りを存分に発揮さそわそわしてしまう。
誰か来て、と願い続けていると、次に入ってきたのは見知った顔だった。
「沙良!」
「若葉~~」
三代若葉(みしろわかば)は大学入学後初めてできた友達。
田舎出身で東京の大学生にビビリまくっていた私に声をかけてくれた、女神のようなイケイケ女子大生である。
「昨日のニューアレ新曲披露見た!?
最高過ぎてもう10回以上見ちゃったよ」
……かつ重度のドルオタでもある。
「見た見た。最後のキメのアクロバットが派手すぎて、一体いつ練習してるのって」
「わかる」
ただの限界オタクトークだった。
彼女にはもちろん怜と住んでいるなんて言えるはずもない。
そもそも彼女がアイドル好きと知ったのは、友人になってから、そして私が彼と住み始めた後だったのだ。
彼女に申し訳ないと思いつつも、私はおそらくその事実は一生言えないのだろう。
「でさ、兎束くんのあの新しいパートが~~」
唯一の救いは彼女が怜のファンでないことか。
昨日の番組について談笑していると知っている顔がちらほらと入ってくる。
予鈴が鳴って数分後にゼミの先生が入室して、少し緊張した空気の中、私の新学期が始まった。
先ほどの落ち着いた雰囲気の男の子は同学年だった。
しかし名前を聞いてもやっぱり聞き覚えがない。
少数学科は名前だけでもちょっとは耳に入ってくるものなのに。
……私にとっての出会いの季節は、とある梅雨の日であったけれど。
大学二年生。今日から大学生らしくゼミでの活動が始まる。
なんて新鮮な気持ちで家を出てみたけれど、春休みの廃人生活にすっかり慣れ切った私がこんな爽やかな気分なわけもなく。
実際は背中を丸めて、地面とお話するように最寄り駅までの道を歩いている。
ひさびさに登校する大学は知らない場所にすら思えるほど新鮮さがあった。
やはり長い春休みは、私から大学生という自覚を奪うには十分な時間だったようだ。
駅の少しの階段すら上るのに一苦労。
思えば今日久々に履いたジーパン、ちょっとキツかったな。
うん、ダイエットしよう。
新学期らしい決意を抱きつつ、初めて入るゼミの部屋の取っ手をそっと引いた。
部屋の中にいたのは一人だけ。
凛としたただずまいで文庫サイズの本を読んでいる、黒縁眼鏡の男の子。
真面目を印象付ける真っ黒な髪。恐ろしくさらさらだった。
近寄りがたい雰囲気に気圧され一瞬固まる。
彼は私を一瞥して、「どうも」とだけ言った。
ただその言葉を言うと同時に視線はまた手元に落ちている。
「ど、どうも」
なんとか返答をして入室し、入口から遠い窓側の席に座った。
こんな男の子、同じ学科にいただろうか?
私が所属する歴史学科はそんなに人もいない上に専門科目ばかり。
いつも同じメンツで受けているようなものなので、顔はなんとなく覚えてしまう。
しかし私の記憶の中にこんなに端正な顔立ちの男子はいない。
もしかしなくても先輩?
だとしたら「どうも」なんてよくなかっただろうか。
人見知りを存分に発揮さそわそわしてしまう。
誰か来て、と願い続けていると、次に入ってきたのは見知った顔だった。
「沙良!」
「若葉~~」
三代若葉(みしろわかば)は大学入学後初めてできた友達。
田舎出身で東京の大学生にビビリまくっていた私に声をかけてくれた、女神のようなイケイケ女子大生である。
「昨日のニューアレ新曲披露見た!?
最高過ぎてもう10回以上見ちゃったよ」
……かつ重度のドルオタでもある。
「見た見た。最後のキメのアクロバットが派手すぎて、一体いつ練習してるのって」
「わかる」
ただの限界オタクトークだった。
彼女にはもちろん怜と住んでいるなんて言えるはずもない。
そもそも彼女がアイドル好きと知ったのは、友人になってから、そして私が彼と住み始めた後だったのだ。
彼女に申し訳ないと思いつつも、私はおそらくその事実は一生言えないのだろう。
「でさ、兎束くんのあの新しいパートが~~」
唯一の救いは彼女が怜のファンでないことか。
昨日の番組について談笑していると知っている顔がちらほらと入ってくる。
予鈴が鳴って数分後にゼミの先生が入室して、少し緊張した空気の中、私の新学期が始まった。
先ほどの落ち着いた雰囲気の男の子は同学年だった。
しかし名前を聞いてもやっぱり聞き覚えがない。
少数学科は名前だけでもちょっとは耳に入ってくるものなのに。