「えっと、ここでいいんだっけ‥‥‥?」
スマホの地図を頼りに事務所に辿り着いた。
騒々しい表通りとは裏腹に、閑静な裏道にある。
春先の暖かい日差しが、トレーナーさんのカウントが聞こえる少し開いた窓を反射していた。
思い切ってインターホンを押すが、反応はない。
もう一度押しても、やはり反応がない。
「うーむ」
勝手に開けて不審者もしくは厄介なファンだと思われたくないし、どうするべきか。
私は怜に電話することにした。
最初からこうすればよかったと少し後悔しながら。
「もしもし」
「怜? 今事務所前まで来たけど」
「悪かったな、今行く」
ぶつっと切れた。
そしてすぐに声が聞こえ始めた‥‥‥が、どうにも人数が多い。
「怜、俺にも紹介してくれよ。お世話になってるから挨拶ぐらいさ」
「ほっとけよ、ただちょっとシューズもらうだけだっての!
てかなんでおめーまでついてくんだよ!」
「興味がある」
「意味わかんねえ!」
……この騒がしい感じ。もしかしなくても……。
「わりーな沙良、大学終わったばっか……どうした?」
ガチャ、と勢いよく開かれる扉。怜は気まずそうに目をそらしている。
でも、私の視線は別のところに釘付けだった。
「う、兎束くんに、茶川さん!? 本物!?」
「『本物!?』ってなんだよ。オレ様だって本物だぞ」
「俺たちのこと知ってくれてるなんて嬉しいよ! いつも怜がお世話になってるね」
「お前……もの好きだな」
茶川さんはいつも通りのキラキラスマイルで。
兎束くんは一瞬だけ眉をひそめたけれど、やっぱり無表情になった。
ニューアレを生で見られて興奮している私を見て、怜はあからさまに不機嫌になる。
「おい、オレ様たちも忙しいから、お前は早く帰れ」
酷い言い草だった。
むっとする私を見てか、茶川さんが慌てて「せっかく来てもらったんだから、少しぐらい見学してもらうのはどうかな?」とフォローしてくれる。
しかも思いがけないこと。だけど……。
「嬉しいのですが、今日はこのあとバイトがあって……みなさん頑張ってください」
失礼します、と一礼してから早急にその場を立ち去った。
本当はこの後バイトなんてない。
ニューアレのレッスン風景の見学なんて、強烈な誘惑だった。
それでも私が断ったのは、一つは怜が断れと言わんばかりにこちらを睨んでいたから。
一つが実は千秋楽のチケットを持っていて、セットリストの楽しみはとっておきたかったから。
最後の一つは、兎束くんがあまりにも私を凝視していて、居心地が最悪だったからである。