「おい、なんか食べるか?」
「いやいいよ。お腹空いてないし」
「遠慮すんな。今日はオレ様の奢りだ」
「え!? じゃあ、喉渇いたしちょっと寒いからココア飲みたい!」
「わかった。ここで待ってろ」
「う、うん」
二つ返事で買いに行ってしまう。文句の一つもない。
なんか怜、いつもと違う、全然違う。
違いすぎて気持ち悪い。
あまりにも紳士的だ。
もしかして、なにかやましいことでもあるのか?
私の口座から勝手にお金引き出していたりとか。
いやいや、彼の最近の仕事ぶりからして、私から巻き上げなければならないほどお金に困窮しているようには思えない。
私はすぐに彼を詐欺師と疑う癖があるようだ。
今日は奢ってもらっているのに、あんまりそんなこと考えちゃいけないな。
人の多い売店前でも金髪の彼は一目でわかる。
こちらに向かってきていたので思わず駆け寄った。
「ありがと!」
「お、おう。犬みてーだな、お前」
「はあ? どこがよ」
受け取ったココアはカップ越しでも手を十分に温めてくれる。
しかしよく見たら彼が買ってきたのは私のココアだけだった。
「怜はなにか飲まないの?」
「今糖質制限中だからオレ様はいい。じゃあ中入るぞ」
「うん」
チケットを渡され、もぎりの列に並ぶ。
糖質制限か。
ここのところ彼はロケ続きだったし気にも止めなかったが、確かに最近ご飯の減りが遅かった。
中には大勢の人がいたけれど、誰も怜に気付く様子もなくおしゃべりしている。
ていうか、仮にも私は女だ。
二人で映画に来ていることがファンにばれたらまずいんじゃないのかな?
ふと頭をよぎったけれど、怜は気にも留めていない様子なので気にしないことにした。
「よし、まだ上映までは時間あるな」
包み込まれるようなふかふかの椅子に座ると、彼は手元の腕時計が示す針の位置を確認した。
意外にも時間にはキチンとしているらしい。
‥‥‥本当に意外だ。
もっと意外なのは、怜がこんな恋愛映画を見ることだけれど。
「怜ってこういう恋愛映画よく見るの?」
「あ? 観そうに見えるか?」
「見えないから聞いてんの」
少しだけ優しくても、結局口は悪い。
「ま、先輩が出演してるものなら全部目通すし、舞台とかも行くけどな。オレ様はべんきょー熱心な可愛い後輩なんだよ」
「悪い冗談だね」
「んだと?」
軽口を言い合っていると会場内が暗くなる。
さすがの怜も、こんなときには静かになるらしい。