「桜庭……俺ともう一度恋愛を始めてみないか……?」

一ノ瀬さんは知っている。私と哲也のことを。

瑞穂がなにかと一ノ瀬さんの名前を出していた意味が、今分かった。

義理の妹になる瑞穂。

冷たそうに見えて、表現も下手。

面倒見が良くて優しいのに、照れてそれを出さない。

自分よりも人のことを心から考えられる人。

それが瑞穂だ。渉はいい人を選んだ。心からそう思う。

ずっと傍で見守り、心配してくれていたんだ。

毎日、喪失感に見舞われ、悲しみから抜け出せない日々をずっと過ごして来た。

自分は周りに心配をかけていない、立ち直っている、いつまでも想い出に浸っている子供ではない。

自己満足にそう思っていたのは自分だけで、実は腫れ物に触るように周りは私と付き合ってきたんだ。

哲也がいなくなり、氷のように冷たい日々を幾つ送って来たのだろう。

「なぜ、泣いてる?」

私は、知らず知らずに泣いていたようだ。一ノ瀬さんはそっと指で私の涙をぬぐった。

「分からない……」

そう答えるのが精いっぱいだった。

そんな私を、一ノ瀬さんは自分の胸に抱きしめた。

この瞬間、私は撮影を忘れていた。