「今から来られるモデルで選んでくださいよ。事務所から写真を持ってこさせますから」

室井さんも代替案を出す。

「俺は決めた」

唐沢浩一は首を縦に振らず、用意した椅子に腕を組んで座ってしまった。

そこへタイミング良く唐沢さんが指定した喫茶店のコーヒーを、店のママが配達した。

私は急いで唐沢さんにそのコーヒーを入れて渡す。これで何とか考え直してくれないだろうか。

だが、唐沢さんは、「うまいな」と一言、言っただけだった。

私達のもめごとを遠巻きに見ていたスタイリスト、メイクさん達も集まって来た。

私はもう平常心じゃいられなくなっている。

「ちょっと、すみません。桜庭と話をさせてください」

「わかった」

唐沢浩一に一ノ瀬さんが言って、

「桜庭ちょっと」

一ノ瀬さんにスタジオの外に連れ出された。

「……なんていうか、その……」

「嫌です、私。モデルじゃないし、そんな……困ります」

「分かってる。俺だって社員の桜庭にモデルなんてさせたくはない。だが、唐沢さんは言い出したら聞かないんだ」

「じゃあ、私が折れてモデルをすればいいんですか? 絶対に嫌です」

当たり前でしょう?

一般人で、いくら背中しか見えない後ろ姿だと言ったって、モデルの様に鍛えている訳でもなければ、エステに行っているわけでもない。

そんな背中を見せられるわけがない。ニキビだってあるかもしれないし、自分じゃ良く見えないけど、背中に毛がボーボーと生えているかもしれない。

それに、一番の問題は、一ノ瀬さんに抱きしめられているというシチュエーションで、尚且つその姿が、スリップ一枚だと言うことだ。

一ノ瀬さんは、上半身裸で白いシャツの前ボタンを閉めない、はだけた姿。あり得ない。